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ロンドンマラソン女子 ミキテンコ連勝、世界選手権に弾みをつける、ヤマウチ2位、大幅に自己記録更新

地元のヒロイン、世界記録保持者のポーラ・ラドクリフ(英国、35歳)が故障で棄権したため、女子の注目度は男子と比較して落ちてしまった。昨年の優勝者、イレナ・ミキテンコ(ドイツ、37歳)を始め、男子同様に豊富な資金力で史上最年長で北京五輪優勝者のコンスタンティ・ディタ(ルーマニア、38歳)、2位のキャサリン・ヌデレバ(ケニア、36歳)、07年優勝者でもある周春秀(中国、29歳)らのメダリストを揃えた。マラソン選手にしては若い男子選手とは対照的に、女子トップ選手のほとんどが『奥さんランナー』で10代の息子、娘がいる選手もいる。

ミキテンコは、「故障もなく、十分な練習を生まれ故郷のカザフスタンの1800mの高地練習で消化してきた。記録よりは勝つレースをする」と、レース前から自信たっぷりだった。彼女の夫、コーチのアレックスは元長距離選手。スタートからミキテンコを中心に、ハーフを71分ペース設定で周春秀、ヤマウチらがトップ集団を構成した。

日本女子選手は、すでにベルリン世界選手権代表に選考された加納由里(セカンドウィンド、30歳)が、世界選手権に向けてのレース体験を目的に参加。同じ代表補欠の森本友(天満屋、25歳)、奥永美香(九電工、26歳)らの2人が、ベルリン世界選手権代表補欠から残された1席の座を争い、大阪国際で2位の赤羽有紀子(ホクレン)の2時間25分40秒に挑戦した。

森本、奥永らは、ショブコホワらのロシア勢、ヌデベラ、ベルハネ・アデレ、ゲテ・ワミ(共にエチオピア、)らのベテランランナーに混じって、第一グループから1分ほど遅れた第2グループで慎重に走った。

ミキテンコらは、正確に設定ペースの70分53秒でハーフを通過。27kmを過ぎるころから早くも周が遅れだし、終盤はミキテンコ、ヤマウチの争いになった。2人は30kmを1時間1分14秒で通過。32kmを過ぎてミキテンコがスパート、差は徐々に広がった。

レース前の言葉通り、15歳と3歳の2児の母親ミキテンコは強く、ヤマウチに大差をつけた2時間22分11秒で2連勝。地元開催の世界選手権優勝へ大きく前進した。ミキテンコは、「十分な練習ができたので、自分のレースができて勝つ自信があった。2連勝のプレッシャーがあったが、ここでは記録より勝負に徹した。それでも最後の3kmは向かい風で非常に疲れた。勝って本当に良かった。今年最大の目標は地元世界選手権で優勝すること」

2位のヤマウチは、2時間23分12秒(これまでの記録は08年東京国際の2時間25分03秒。この記録は英国マラソン史上2位)の念願の大幅な自己新記録更新で大喜び。自動的にベルリン世界選手権英国代表に決定。ポーラが故障で不振が続き、いまやヤマウチは英国マラソン最強選手。ヤマウチは、本業の外交官を休業して地元五輪に向けて走り続ける。

「アルバカーキーで約1ヶ月高地練習をしてきて調子がよかった。地元で走ると沿道の応援が凄い。『サブ25分』の目標記録を達成して、『ヤッター!』という感じですね。(笑う)本格的にマラソン練習を始めて、まだ、4,5年でしょう。昨年、わたしの記録は飛躍的に伸びてきたので、北京五輪終了後、まだ記録が伸びそうな感じがしています。可能性としてはサブ20分を目標にしながら、そこまで記録が伸びればロンドン五輪でメダル獲得を目標にできます。英国外務省もわたしの活動が何らかの恩恵があると認めているので競技を続行することを許可してくれました」

初マラソンで2時間24分24秒の好記録で3位になったリリヤ・ショブコワ(ロシア、31歳)は、欧州5000m14分23秒75の記録保持者。トラックキャリアは一流。今後の活躍が楽しみだ。ミキテンコ以上にポテンシャルのある選手。

初マラソンで2時間24分24秒の好記録で3位になったリリヤ・ショブコワ(ロシア、31歳)は、欧州5000m14分23秒75の記録保持者。トラックキャリアは一流。今後の活躍が楽しみだ。ミキテンコ以上にポテンシャルのある選手。

そのほかのベテラン選手は、例によってスロースタートのヌデレバ、ワミらも精彩がなく、ディタ選手は呼吸困難で棄権。『奥さんランナー』のポスト北京の初マラソンにいまひとつ冴えがなかった。

加納はリラックスした走りで2時間28分44秒の11位。川越監督は、「すでに代表入りが決定しているので無理な走りをしていません。今大会は、順位、タイムに関係なく、ベルリン前に大きな国際レース体験をすることが大切だった。」と説明があった。森本は健闘むなしく2時間26分29秒で8位、赤羽選手の記録に届かなかった。武富監督も、「10秒とかの差で選考が決定するよりは・・・、これでまた出直します」と。また、奥永は2時間35分36秒で14位だった。

 
(09年月刊陸上競技6月号掲載)
(望月次朗)

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