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2004年9月26日 ベルリンマラソン
“北京五輪優勝がターゲットだ!”鈴木秀夫監督
アテネ五輪では主役を完全に野口陣営に奪われたが、その鬱憤を鈴木秀夫監督(三井住友海上、52歳)はベルリンで渋井陽子の日本新記録ではらした。主催者提供のオートバイに乗り、タイム、ペースをバイク、沿道から的確な指示と激励を飛ばした。40km地点で最後の指示を送り、ゴールで待機した。渋井の赤いユニフォームがブランデンブルグの下に現れると、時計をチラチラ見ながら”サブ20分は大丈夫かな?”とソワソワ。ゴール前に近付くと”日本新記録だ!やれる!と吼えた。渋井選手が右手を高々と突き出してゴール。鈴木監督も”やったぞ!”と、飛び出して迎えた。日頃クールな監督も渋井選手と一緒に、なんどもVサインのポーズを決めていた。レース後、喜びの声を聞いた。

―今日のレースは完璧な予定どおりの結果ですか?
鈴木監督―スタートラインにつくまでは100%の出来とは思っていませんが、この状況の中では、目的が日本記録への挑戦でしたから、ほぼ初期の目的は達成されたと言って良いと思います。もうひとつ大切なことは、渋井がここで2年間の不調から脱出できたことです。それも日本新記録という非常に理想的な形で完全復帰を果たし、自信をもたらしたことです。

―02年シカゴで21分台を記録、一躍アテネ五輪優勝を期待されたが、03年は不調でマラソンは走っていない。今年の大阪国際で不本意な9位でアテネを逃し、ここからカムバックしてきた原因はなんですか?
鈴木監督―最大の理由は、いろんなことで大人になったということでしょうね。大阪国際で失敗、あの失敗も自分でなぜあのような結果になったか分析する自覚を持ってきた。名古屋国際で土佐の激走を目の前で目撃して、土佐が五輪出場を決め、周囲は五輪一色。彼女はかやの外。口には出さない子ですが相当ショッキングだったと思いますね。

―渋井自身がこのままでは取り残されるような危機感ですか?
鈴木監督―まあ、そんなこともあるでしょう。土佐のがんばり、大阪国際の結果に彼女自身がやりきれなかった気持ちからくる反動が非常に良い方向にエネルギーを向けてくれた。

―どこで日本記録を確信できましたか?
鈴木監督―今回オートバイで先回りして、5kmの中で2〜3回見られ指示ができました。しっかり走りに集中し、しかも、こっちの声も聞こえていたようで集中とリラックスがうまくできていました。まあ、記録はゴール直前まで分かりませんでしたが、最後まで5kmを16分30秒で持っていけたし、着地、リズムが最後まで変わりませんでしたから、いくとは思っていました。

―ベルリン出場はいつきめましたか?
鈴木監督―4月の時点で渋井と話し合って、「ベルリン出場」を決めていました。この頃から本人がいろんなことに目覚めたと思います。「やってやるぞ!」と、やる気が出てきたのが今日の結果に結びついたと思います。こっちからいくら太鼓を叩いても本人の自覚がなければ不可能なことですから。マラソンの日本記録を狙えるのは「お前しかいない!」と言っていたんです。

―予告宣言した、好調の背景はなんですか?
渋井―なんでしょうね?確かに、昆民の合宿から故障もなく順調に仕上がってきましたし、ここらでしっかり走っておかなければならないような状況でしたんで。

―このレースに備えての特別な練習は?
鈴木監督―強いて言えば、トラック練習を少なくして、平坦のベルリンコースに合わせて長い距離練習を消化しました。1か月に30kmを最高8回消化していますし、故障も全くありません。昆民の”馬コース”が道路工事で使えない。そこで別の平坦のコースがダラダラと長いところを使用。ここでは”遊び”ができないので、長い距離に対して”粘り”がつきました。

―その自覚は練習への集中力、食事面まで注意を払って、今回のレースに集中できた結果ですか?
鈴木監督―そうですね。練習の集中力、潜在的な素質はすばらしいものがある。でも、それを生かすのも殺すのも本人自身の競技に掛ける”やる気”が最も大切なこと。八月中、ぼくは土佐にかかりっぱなしですから、渋井は1人で練習を続けてきた。一回り大きくなってきたと思います。

―記者会見で、渋井陽子、野口みずき、高橋尚子の誰が一番強いかと言う質問に、監督はまっさきに渋井を指しましたが…
鈴木監督―(笑いながら)…いつも話していることですが、今回も高橋尚子選手がベルリンに出ると耳にしましてが、意識せず、どこでも自分の走りができれば満足できたと思います。

―渋井選手は”これから売り出します!”と宣言しましたが、世界選手権、遠くには北京五輪が視野に入ってきた?
鈴木監督―もちろん、一つ一つ段階がありますが、ヘルシンキ世界選手権など、改めて本人と話し合って決めますが、そのような方向で話はすでにしています。そして、その先に本人も”北京で金メダルを取りたいと”と思っていると思いますが、最終的に北京五輪が見えてくるでしょう。日本にはたくさんの強い選手がいますから、まず代表になるのが大変なこと。簡単には行かないでしょう。

―今後どこまで記録が伸びそうですか?
鈴木監督―精神的な集中力はできたと思うが、身体的には100%とは思っていません。今回の状態で2時間19分台の記録が出たので、もうちょっといけるでしょう。現時点でも17分台は行けます。35kmからひとりになってきてから20秒近く落ちています。ひとつの段階をクリアーした時点であらたな練習過程で変わってきます。いいものを持っているので北京に向け、徐々にやっていこうと思っています。(月刊陸上競技11月号掲載)

(望月次朗)

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