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アテネオリンピック2004
男子マラソン"微塵もなかった死角、予想どおりの優勝だった”

ルチアーノ・ジリオッティは、元中距離選手、中距離、マラソンナショナルコーチを歴任。ソウル五輪マラソン優勝者、ジェリンド・ボルディン(イタリア)、ステファノ・バルディニら、1人で2人の五輪マラソン優勝者を育てた希有な名コーチだ。イタリア半島の真ん中に当たるモディナ市に住む。

―ボルディンとマルディニの違いは?
ジリオッティコーチ―2人の性格は好対照。ボルディンは長距離の耐久力、素晴らしい強靭な身体の持ち主だった。1週間の走行距離は300kmを越した。バルディニは220kmと短いが密度の高い集中的な練習をする。ボルディンは練習をさぼるが憎めない。バルディニは全てをマラソンのために犠牲にできるタイプだ。ところが、この2人の共通点はレースの的確な読みと、勝利への執着心、簡単に根をあげない闘争心がある。バルディニの追走は、ソウル五輪でのボルディンのサラ、ワキウリらとの激走を彷佛させた。


―ボルディン時代と近年のマラソンの違いは?
ジリオッティコーチ―当時のマラソン選手のタイプと現在では大きく違ってきた。タガート、ゲブレセラシェらのサブ27分、サブ13分選手がマラソン転向してきたために、記録が飛躍的に伸びてきた。現在は1km3分ペース、ハーフ63分が標準化してきた。レース中、2分50秒のハイペースに上げて緩急で揺さぶる。このペースになると、バルディニでもこのスピードには200mぐらいしか付いていけない。女子も数年後はサブ20分を切らなければ一流選手の資格はないだろう。このため、スピードを長い距離に伸ばし維持できる練習、努力が強いられてくる。

―バルディニをマラソンに転向させた理由は?
ジリオッティコーチ―バルディニのコーチを始めたのが92年から。その頃は5000m10000mのランナーだった。そこで”27分30〜40秒の選手は五輪どころかGL出場さえ難しい”と言って、95年マラソン転向を進めたのだ。かれはマラソンに適したメンタルパワーの持ち主だ。メンタルパワーはマラソンに成功する重要な素質だと思っている。コバ、パネッタ、バウマンらの、マラソン転向不成功の原因としては、フルマラソンに耐える持久とメンタルパワーの不足があげられる。

―バルディニの離婚問題はどんな影響があったのか?
ジリオッティコーチ―7月初め『アテネ五輪は走れない』と言ってきたのは大ショックだった。話を聞くと、離婚問題で精神的なショックを受けてまともに練習に集中できない。10日間も眠れず、練習は中断。あわてて医者のフィオレ、フィジオのパラッアとわたしの3人は、あの手この手でバルディニを納得させて再起したのです。バルディニにとって、五輪優勝もさることながら、彼自身の男としての存在と人生闘争の掛けでもあったのです。バルディニは勇気を持って闘い、簡単に負けるわけにはいかない状況だったのです。ゴール直後の拳は、勝った喜びよりもかれを裏切った人への”リベンジ”だったのです。

―バルディニは遅咲きですか?
ジリオッティコーチ―そうとは思わない。選手は1人1人違うもの。欧州とアフリカ選手では生活環境が大きく異なる。ケニアの選手は子供のころから足を使った生活で育ってきているから、3〜4年でトップ選手になれるが、イタリア選手は10年かかる。

―バルディニの優勝を予測できたか?
ジリオッティコーチ―人に『クレイジーだ!』と言われたほど、私も医者、マッサーも優勝宣言していたし、バルディニの優勝に疑いが微塵もなかった。データに優勝と出たんだよ。昨年のパリ世界選手権、古くはボルディンのソウル五輪前の調整とも比較しても…。サンモリッツの高地練習も完璧な調整、8月11日の9kmロードレースの結果を見てもバルディニに死角はなかった。笑うかもしないが、こんなこともあった。レース3日前、私はバルディが優勝し、私が泣いて喜んでいる夢を見て、目が覚めた。『なんえ私が泣かなきゃならないんだ!』と怒って再び寝たら、また同じ夢を続けて2度見て飛び起きたこともあった。

―その話をバルディニに伝えましたか?
ジリオッティコーチ―もちろん。『じゃあ、そうなるようにするよ』ってね。

―暑さ対策は?
ジリオッティコーチ―サンモリッツから下山、ルビエラで暑さ体験、最後の調整をした。ここの夏はアテネより暑く湿気も多い。ロードを使って4×5000m、リカバー1km。マラソンペースの15分30秒前後でゆっくり走る。1kmのインターバル。これで体重が3.5kg減量した。また、3×3000m、8分47秒前後のペース、リカバー1km。この2度の暑さ体験を終えてから、レース5日前にアテネに飛んだ。

―次のレース予定はどこですか?
ジリオッティコーチ―春マラソンはロンドンかボストンだろう。シシリアのロードレースを見ると、バルディニはここ1か月ろくに練習なしでも、自信に溢れた走り方でアフリカ選手に勝って一回り大きく成長したような印象を受けた。来春が楽しみだ。(月刊陸上競技11月号掲載)

(望月次朗)

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