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2011年ワールドカップ招致
日本最終投票でNZに破れる

11月17日、ダブリン現地時間16:30。シド・ミラーIBR会長は、手渡された封筒を開封して「2011年ワールドカップ開催国はニュージランド」と、無表情に読み上げた。一瞬にして、日本とNZの招致委員の表情が明暗を大きく分けた。通路を隔てて左右に最前列の席を占めた森会長は、面を天井に向けて無念の表情。NZ招致委員ジャック・ホブス会長が「ヤッタ!」と声が上がった。しばらくして、森会長は立ち上がって、満面に喜びを表したホブス会長と握手。祝福を述べた。

会場の後席を占めた記者団からも、第1回目の投票で前評判の高かった南アが落選。前評判の最も悪かったNZに劇的な逆転勝利が決定したため、どよめきの声が起きた。



3候補3色の最終プレゼンテーション

その日、9時15分からIRB本部で開催された最初の最終プレゼンテーション後、森会長は「やるべきことは総てやりました。日本の招致理念『ラグビー・グローバリゼーション』を前面に表現したプレゼンテーションビデオは最高の評価を得ることができたが、それでも極めて厳しい状況にある」と、正面で待機していた記者団に短く返答。乗車、ホテルに向かった。候補3カ国の開催能力をまとめたIRB報告書で、日本はラグビー人気の低迷から観客動員が懸念され、収益面での評価が最低とされた。IRBシド・ミラー会長は、インフラストラクチャーの充実など、日本の良さを評価しながらも、「IRBにとってはWCで4年分の活動資金を稼がなければならない」と収益を最大のポイントに挙げる。南アとNZではラグビー人気が高く、確実な入場料が見込める。しかも、約100億円の支払い義務分を政府が保証する方針を打ち出している。日本政府の支払金額保障について、法的にありえない状態だ。日本は明らかに、この点で不利な状況だった。質問も、二つだけで終わったらしい。続く、NZは現役のヘレン・クラーク首相が持ち時間60分程度の最終プレゼンテーションの先鋒を切った。遠来をものとせずに駆けつけ、政府が財政保証するなど国を挙げたバックアップ体制も、大きな後押しとなった。ジャック・ホブ招致会長、無敵を誇る欧州遠征中のオールブラックス・ウマンガ主将を帯同した。肥大化する大会規模を考えれば、小国のNZが開催できる「最後のチャンス」と言われている。国内のインフラストラクチャー、施設面、ホテル数など、問題点が指摘されているが、NZは今夏の全英・アイルランド代表ライオンズ・ツアーが大成功を収めたため、国を挙げての招致活動だった。このインパクトは大きい。今回も南アの前評判が高かった。マンデラ元首相が来る予定が、最終的にはマケンケシ・ストフィレ・スポーツ大臣に代わり、南アワールドカップ優勝チームの主将だったフランシス・ピナールらがかけつけ、日本のアジアへの普及と同じようにアフリカ全土へのラグビーの普及理念を掲げた。IRBが直接管理するテレビ放映権で、欧州と時差がなく放映権料をより多く期待できることも欧州勢の支持を集めると期待。また、確実な観客動員で収益面を見込めると、自信ありげに最後の最終プレゼンテーションを行った。

ナイーブな招致理念を一蹴した政治力

世界3大スポーツを始め、多くのビックスポーツイベント開催地獲得に、政治力、資金力なくしてはあり得ないのが世間の常識。最高の評価を得たプレゼンテーションにもかかわらず、なぜ日本が最終選考でNZに負けたか、結論を先に述べよう。8列強国に太いパイプが乏しい「政治力」と代表チームが「弱い」点に、嫌がうえに到達するからだ。森会長は「私たち日本がNZのような伝統のある偉大なラグビー国と争えたことを大変に光栄に思う。日本が掲げたラグビーの国際化は多くの賛同を得られたと思う。しかしながら、それでも古くからの仲間同士でパスしていく体質は変わっていない。ラグビー仲間を非難したくはないが、これでラグビーの国際化は少なくとも10年後退。五輪参加も遠のいたと思う」と、割り切れない表情で敗因を振り返った。日本の招致理念は崇高で真っ向からの正統的(これより他に目玉になるものが、NZ,南アと比較して少ないのも事実だが・・・)な、どこか現実とは遠いナイーブな理念に聞こえたとしても不思議ではない。今どき、資金なくしてラグビー国際化が可能と考える人はいないだろう。IRBは資金の裏づけのない理念だけなら、「絵に描いた餅」と考えても不思議ではないからだ。ラグビー国際化、3度の五輪、サッカーワールドカップ開催実績、アジア初の開催を訴え「日本への投票は、将来の1票です」で締めくくったプレゼンテーションビデオは、かなり良い印象を与えたらしいが、具体的な説得力に欠け「情」に訴えている感じがするのはぼくだけだろうか?これで10月に欧州でPR攻勢を掛けたらしいが、NZは日本より先に世界12カ国へのPR訪問を終え、日本はここでも後手に回った。IRBに日本からの理事が認められたのは1991年から。IRBと太いパイプがなかったのも致命的。欧州の世論を味方につけた日本の開催理念は、プロ化が進み資金が必要なIRB主要理事国の現実路線の前にあと一歩及ばなかった。

IRBはアジア初開催という冒険をせず、「安全パイ」を引いた保守的な体質を浮き彫りにしたと非難する人もいるが、ラグビーの保守的な体質はどこも似たりよったり。選手にはピッチの上では厳格にフェアー、ディシプリンがラグビーの本質を要求するが、IRB旧態質は変わらず。投票結果は公表される予定だったが、理事会の場で急きょ変更が決まったという。大きな改革を急に期待するほうが無理と言うもの。IRBが日本に対して考える不確定数の観客動員、日本の大会運営費の高さ、具体的に政府保障されない約100億円の上納金は大きなマイナス点だろう。日本は前記の3条件でNZと比較するとかなり弱いのは誰が見ても明白だ。そして、決定的な最後の詰めは、NZの現役女性首相が、オールブラックスのエンブレムを胸に着け、地球の裏側から飛んできた行動力だ。最終プレゼンテーションでスピーチ。クラーク首相自らの経済政府保証と、国を挙げてのラグビーに注ぐ「情熱」が決定的な差をつけただろう。2012年五輪で本名のパリを破って、ロンドンが招致に成功した状況に酷似している。フランスのシラク大統領は、シンガポール滞在数時間で帰国したが、ブレア首相は数日間シンガポールに滞在。投票権を持つ各国理事と片っ端から戸別訪問して、不利な状況から逆転に成功した事実がある。NZは、案外これからヒントを得ているかもしれない。単純な攻めだけで終わらず、あの手この手の周到、かつ執拗な「タックル」で 効果的な攻めを繰り出した結果と見たい。また、NZは豪州との共催が決まっていた2003年大会を、競技場の広告看板の付け替えの問題で開催できなくなった苦い経験がある。このような同情を票に結びつける戦略も功を奏したかも・・・。いずれにしても、IRBの決定は「最もリスクの少ない無難な選択」と評価されど、悪評の声は上がらない。

欧州のメディアは日本をバックアップしたが、NZの招致ジャック・ホブス会長は、喜びのスピーチでこう語った。「ラグビーは我々にとってとても大切。開催できることは大変な名誉だ」。

代表チーム強化が最優先

これまでのラグビーの開催国は、列強8カ国でほぼ持ち回りの状態が続いた。それも最近では、肥大化した大会開催能力がある国は限られてくる。IRBはラグビーの国際化を唱え、将来五輪参加を目標に掲げている。今回始めて、日本が列強8カ国以外から開催立候補した。日本は高い招致理念を掲げたが、伝統や格式を重んじる閉鎖的なIRBが、そう簡単に、初めての開催招致立候補を投票するほど甘くはない。

日本のインフラストラクチャー、資金力など、おおよそ物理的なハード分野では、これらの8強国以上に誇れるものがあるが、肝心の日本代表チームは、ワールドカップでいまだ1勝しか挙げていない弱小国。これでは同情論は起きるだろうが説得力に欠ける。WC招致運動も大切なことだが、今後、莫大なエネルギーを注いで強力な代表チームを作るこそ、世界ラグビー界に訴える最強のメッセージになるからだ。

最後に、80年代の一世を風靡した名FBサルジ・ブランコのコメントを紹介する。

「スポーツの世界で政治と金はつきもの。次回フランスWCは、フランス1カ国開催は十分にできるが、予選会場はスコットランド、ウェールズでプレーすることになったのも、政治力の影響だ。IRBの中でコネは欠かせない大きな影響力がある。個人的な意見とラグビーの将来を考えれば、2011年WCは日本で開催されるべきだが、政治的な駆け引きの前には理想が通用しない。」

ラグビーの11年W杯招致で敗れた日本招致団が19日、帰国。ニュージーランドとの決選投票は3票差か1票差の惜敗と分析。森会長の「試合に負けたが、勝負では勝った。国際化への大きな一歩だった」という分けのわからない負け惜しみの発言はいただけない。

(05年ラグビーマガジン誌12月号掲載)

(望月次朗)

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