前号は現役の日本陸上界のスター選手らによって、新春特別座談会、「トップ選手が提言する日本陸上会を盛り上げるには?」と題して、かれらの意見を掲載した
かつて欧州陸上選手は、各種目でアメリカと世界陸上競技界を二分したエポックがあったが、近年、伝統ある欧州陸上選手の衰退は目に余るほど落ち込んできているのが現状だ。危機感を持った欧州陸連がさまざまな計画を打ち出してきた。世界陸連は欧州陸連に遅れをとったが「IAAFニュース」177号で実情を認めてきた。今後、世界の陸上競技発展のため「World Plan」を施行してゆく計画だ。
しかし、スポーツイベントとして大成功を収める大会もある。03年パリ世界選手権は、連日、あの巨大なスタド・ドゥ・フランスがほぼ満員だったことを覚えている人もいるだろう。05年、パリGL(ゴールデンリーグ)大会は、単一の陸上競技大会として、金を払った観客動員数70250人の世界記録を打ち立てた。スポーツ文化背景の違いで、一概に日本と欧州を比較しても意味はないだろうが、主催者のプロ意識と陸上競技のパッションは素晴らしいものもがある。GMのジェラルド・ルセル(61歳)は、元教員で今では廃止されたサンドニGPに84年から関わること22年のキャリアを持つ。選手リクルート責任者のクロード・ビュフォ(61歳)は、体育教師の免許を持ち、コーチ、陸連所属のマネージャー、陸上競技で取材歴の長いジャンピエール・デュラン(51歳)ら3人から、新しいスタド・ドゥ・フランス内の事務所で成功の秘訣を聞いた。
−フランス陸連の最大の役割は?
ビュフォ−私は体躯教師として働いた経験もあるし、コーチ、80年代に陸連派遣の選手マネージャーなど、いろんな形で陸上競技に関わってきました。マネージャーといっても、当時は陸連から給料を貰っていたので、0%の手数料だった。フランスの総てのスポーツ活動は、基本的に「青少年スポーツ省」の管轄下に置かれます。ある部分では学校スポーツにも関わりますが、スポーツ活動は教育省(文部省)管轄下ではありません。青少年スポーツ省の管理下に陸連があり、その下で国中に拡大しているクラブでの活動が、フランススポーツの原動力です。
フランス陸連は、青少年スポーツ省から年間予算を受け、クラブ間と密接な関係を持って、青少年のスポーツ発展、育成が大きな目標です。子供たちを含む広い世代にスポーツの普及を促進、コーチ育成、基本的なプログラム作成、ジュニアからシニアまでの選手育成、五輪選手強化、コーチ育成なども含まれます。
−日本はスポーツは教育の一環です。
ビュフォ−フランスではスポーツは個人の興味で選択するもの。学校にも体育の時間があるが、身体を動かす程度。なんらかのスポーツをする場合は、手ごろなクラブを自分で探して加入しなければならない。
−陸連とクラブの関わりは?
ビュフォ−陸連は直接、関節にいろんなことにクラブと関わりを持っているが、現場の仕事はクラブが主体です。フランスの最もポピュラーなスポーツはサッカー、柔道などが挙げられるが、陸上競技も非常に親しまれている。約2000のクラブが登録されている。陸上競技を始めたいものは、国中のいたるところのクラブで加入すれば、自治体の公共施設を無料で利用できます。
−クラブの運営はどのようにして行うのか?
デュラン−国内法では、クラブ創立は誰にでも可能です。クラブ創立の基本は、会長、事務局長、次長、財務、コーチの5名がメンバーであることが最低条件。これを陸連に登録することで、公認陸上クラブとして認可、公認されることで、クラブの住所に近い公共施設を無料で使用することができ、区役所に申請すれば何らかの資金的援助も得られることが可能です。クラブの年会費は約10000円。コーチなど技術的なアシスタントが必要なときは、少なくとも地方陸連支部に100人の専門家が相談に乗ってくれるシステムがあります。
ビュフォ−市、地方自治の資金的な援助はスズメの涙ほど。(笑う)クラブが大きくなれば、また、クラブからフランス選手権で活躍するような選手が育てば、スポンサーが付くが・・・、現実には新設のクラブの運営は楽ではない。
−コ−チはプロですか?
ビュフォ−伝統的に、多くのクラブコーチはボランティア。ナショナルコーチは別格だが、クラブコーチは教師や元選手が引退後、会社勤めの人も、余暇を利用して好きで教えているケースが多い。コーチもジュニアも、ボランティアで始めるのが現状で、本当に好きでないと長続きしない。
−さて、基本的なフランスの陸上クラブの運営、ジュニア育成などは理解できましたが、陸上競技大会の運営はどのようにされていますか?
ルセル−まず、小学校教師から教師へのコンサルタントを長年務めて2年前に引退した。スタドゥ・ドゥ・フランスがあるサンドゥニ市(パリの北に位置する郊外)で、現在中止されたがサンドニGPの主催を84年からボランティアとして関わり、続いて、パリGLディレクターとして当初から関わっています。パリGLの正式な「Meeting Gaz du France ,Paris Saint-Deniz」は法人会社で、年間総予算は280万ユーロ(約4億円)。この予算には、ここの事務所経費、他の若い4人と見習いの2人の給料、IAFFが指定する賞金、選手の出場料、ホテル、食事、旅費、スタジアム使用量など含む、総ての年間の経費が含まれています。わたしはクロードと同じく、昔から一銭も授与していないボランティアーです。
−独立した会社?
ルセル−法人ですから利益、赤字も出せない!!多分、儲けている唯一のGLかもしれないブリュッセルGL,イフォ・ファン・ダムとは逆ですが、片手間にできる仕事ではありませんよ。
−陸連は関係しますか?
ルセル−一切関係ありません。われわれは大会を開催する総て必要な、公式役員への手当、交通費などを含む、TV,放映権交渉、選手出場料など、一切合財われわれが管理しています。
−パリGLはどのようにして観客動員に力を入れていますか?
ルセル−まず、大切なことはPRの仕方。次が切符販売。ここ2年前から、新しい切符販売を導入しました。これはわたしが姪に無料券を上げたが、すっかり忘れて観に来なかったことから生まれたアイデアです。例え安くても観客が身銭を切っていれば、そう簡単に入場券をムゲにしない。無料券を数多く配っても、貰ったほうが忘れてしまうことが多く、長期的にはいい投資ではありません。そこで最低価格を5(約700円)ユーロに設定、一定数だけですが、地方自治体、学校、クラブなどに声をかけて特別販売。次に、前売り期間を3段階に分けて、数ヶ月前に購入すれば最も安い入場券は10(約1400円),15(約2100円),20(約2800円)ユーロと、大会が近づくに従って価格が上がるシステムを導入。販売が急激に伸びてきましたね。
−それが観客動員世界記録を作った。
ルセル−これも観客動員が伸びたひとつの理由でしょう。最近、この販売システムは、国内ラグビー、サッカー、バスケットにも導入して、観客数を伸ばしていると聞いています。観客数を伸ばすことは、主催者が最も頭を悩ますこと。観客が多いほど、収入に直接結びつき、スポンサーも喜ぶ、選手もやる気を起こす。(笑う)「いつかはスタド・ドゥ・フランスを満杯にしてやろう」と、夢みたいなことを考えていたことは確かです。パリ五輪招致のムードの影響もあったことでしょうが、無料券をばら撒いて観客を増やしたのではありません。
−宣伝活動はしますか?
ルセル−もちろんです。約45万(約6300万円)ユーロを宣伝費として使い、メトロの中の大型ポスター2000枚を作成して、パリ市内の地下鉄内でPRに努めます。また、競技の終了と共に、短いがポップコンサート、花火打ち上げなど、スポーツ以外でも観客を楽しませる余興を入れ始めたのも良かった。
デュラン−パリGLは、大会1ヶ月ぐらい前から報道陣対応の専門係員が、出場選手の紹介、近況をコンスタントに報道関係者にeメールする。メディア露出が大切だ。
−わずか数時間の競技会のために、フルタイムで1年間の準備が必要ですか?
ビィフォ−わたしは世界的なトップ選手を勧誘しなければならないので、1年を通して、屋外シーズンは方々の大会、冬季は屋内、クロカンなどを含めて、世界中の選手の動きをフォローしなければならない。そうでもしなければこの商売はできません。例えば、昨年はモリース・グリーンは全米で脚を故障、イチャム・エルグルージュは、調整不足で出場中止をしてきたなど、目玉選手が直前で出場キャンセルすることもあります。それをいち早くキャッチ、適当な判断を下して、適切な穴埋めをしなければならない。
ルセル−あたしもモスクワ室内世界選手権大会を見に行きます。いろんな大会を見ることで、参考になることが多いと思いますね。
−ビースレットGLは器が昨年完成したが、「スポンサーが思うように金を出さない」と聞いていますが・・・?
ルセル−オスローのことはわかりませんが、地元、他の北欧選手はフランスより世界的な選手が多い。男子槍投げのアンドレアス・トルキルドセン、テロ・ピトカマキ、女子7種目のカロライン・クリュフト、男子走り高跳びのステファン・ホルム、男子棒高跳びのクリスチャンセン、男子三段跳びのクリスチャン・オールセンら、多彩の目玉選手が目白押し。売り物があるはず。
−パリGLは定着した観客がおおいですか?
ルセル−毎年25%は入れ替わっていると思う。これらの観客は陸上競技より、スダッド・ドゥ・フランスがサッカーのワールドカップで優勝した競技場などに興味がある。(笑う)
−主な収入源は?
ルセル−国内TV放映権、国際放映権販売を含む、主力スポンサーのガス会社と他のスポンサー、入場料らが、それぞれ同じくらいの比率ですね。
−地方の大会はどのように運営されているのか?
ビィフォ−地方自治体、クラブらが合同で記録会、地方選手権大会などを開催するケースが多い。地元のスポンサー、自治体が地元スポーツ振興のために資金をバックアップする。施設は全国いたるところに、無料で使用できるし、クラブ関係者の多くがボランティアーで大会運営を行うことができる。(注:パリ環状線の中、いわば山手線の中と比較できる地域に、サッカー、ジム、水泳などの施設と共に、400mかそれ以下の全天候トラック付の公共スポーツクラブが約40箇所現存する。)
−GLを主催する最も大切なことは?
ルセル−20年前、サンドニGPでサルジェ・ブブカが棒高跳びで世界新記録を樹立した。それ以来いろんな歴史的な快挙に巡り合えたことは素晴らしい経験ですね。陸上競技が好きじゃあなければできないこと!!(笑う)基本的に3つの要素、選手のパーフォーマンス、マーケティング(観客、スポンサー)のコーディネーションが満足する形でまとまることですね。この3要素のなにが欠けても、うまく行かないでしょう。そのためには常に、ほかのスポーツにも関心を注いで、われわれのライバルスポーツ、サッカー、テニス、バスケット、ラグビーなどの動きも注目しなければなりません。
陸上競技のマーケティング、選手などのメディア露出が大切だ
76年、ヨス・ヘルマンスは1時間走で20,944mの世界新記録を樹立した男。1985年、世界で最初に陸上競技マネージメント業、グローバル・スポーツ・コミュニケーション社を創立した。かれはロッテルダム・マラソンで独創的な「ペースメーカー」をつけたレースを開発。85年、ロス五輪優勝者のカルロス・ロペス(ポルトガル)、88年、ベライネ・デンサモ(エチオピア)らが、マラソン世界記録を飛躍的に伸ばして世界を驚かした仕掛け人だ。世界最大のエージェントは、スタッフ12名。メキシコ、エチオピア、ケニア、上海にも合計7名のスタッフを常時置いている。ロッテルダム、アムステルダム・マラソンを始め、国内外の数々のロードレース、ヘンゲロGP,バナメックスGP,昨年、始めて中国に国際陸大会の上海GPを手掛けている。電話でメキシコ、上海の責任者のエドガー・ドゥフィールが質問に答えてくれた。
−最近、伝統ある欧州陸上競技の存在が薄くなったと思うが、その原因は?
ドゥフィール−まず、欧州におけるクロス、室内、屋外の総ての陸上競技大会は、最近急激に勢力が衰えてきた。その原因のひとつに、基本的な陸上競技の試合そのものが、1世紀近く不変。例えば、つい最近まであれ程盛んだったクロスが、寂れてきたひとつの原因は, 欧州の選手がアフリカ勢に対抗できない状況も考慮しなければならないが、主催者がマーケティングを無視して開催しているケースだ。クロスもレースを変えれば、楽しいものになってくる。例えば、観客を無視した場所、ランナーを寒中に泥の中を走らせる、TV放映するのが難しい森の中のコースなど、改良する余地はたくさんある。最近、ロードレースが盛んになったのは、クロスに変わるロードレースにランナーは移っていったからで、人は決して走る興味を失ったのでない。そこら辺を考慮しなければならない。
−陸上競技離れはしていない?
ドゥフィール−潜在的なファンはたくさんいるが、これ以上陸上競技離れすると大変なことになる。昔はスポーツが限られていたが、スポーツの多様化と共に、TV番組にとって重要になった。陸上競技以外に多くのスポーツがメディアの露出されるようになった。一般に、どこの国も同じような状況だろうが、陸上選手のメディア露出が他のスポーツに比較すると圧倒的に少ない。サッカー、テニスなど、一年中なんらかメディアに露出しているために、地方のサッカー選手の名前は知っているが、世界最速の選手の名前を知らないようなことになっている。メディアの露出度によって、スポーツが社会における地位ができてしまう。例えば、オランダのレンス・ブロムがヘルシンキ世界選手権男子棒高跳びで優勝したが、シーズンが終わるとかれのことは8ヶ月以上完全にメディアから消滅してしまうのが現状です。
−陸上競技は難しいスポーツでもあるのでは?
ドゥフィール−それも確かです。ボールさえあれば、幼児でもボールを蹴ることができる。オランダの子供たちは、ブロムの影響で棒高跳びに魅せられた子供たちも多いが、如何せん、ポールを持ったからといってすぐに棒高跳びができるわけではない。陸上競技は時には単純で、苦しいスポーツでもある。
−現状を最も必要とする改良点は?
ドゥフィール−みんなで考えなければならないが、陸上競技をどのように楽しく観戦できるかを考えなければならないでしょう。1年中、なんらかの形で陸上競技、選手を手広くメディアに載せる努力することが大切だ。一般の人たちに陸上競技を広めること。メディア露出度にしたがって、TVの放映、スポンサー、選手の向上心を煽る動機に直接結びつく。この形が最も理想的で重要だが、現状では多くの陸連、主催者がマーケティングを全く考慮に入れていない。
−ヘンゲロGPはどのように開催されているのか?
ドゥフィール−ヘンゲロ市役所勤務の1人が、1年中GP主催のプロとして責任を持って、総てを仕切っています。われわれの会社は、かれの依頼に従って出場選手選考、出場料などの契約をするだけ。まあ、おおかた欧州ではヘンゲロ規模のGPなら、どこの大会主催者も同じような状況ですが、年間を通してプロの責任者が仕事をしています。
−メキシコと上海GPのケースはどうですか?
ドゥフィール−メキシコ市で開催しているバナメックスGPは、メキシコ五輪以後始めてメキシコで開催された陸上競技大会ですが、国民的な英雄、アナ・ゲバラ(アテネ五輪女子400m2位)の人気で成功したのです。彼女が引退したらどうなるかわからない。上海の場合は、上海市、上海スポーツ、ドラゴン投資社らのバックアップで開催にこぎつけたもの。4万以上の観衆が、初の国際陸上競技大会を観戦しました。上海GPは契約3年。地元の英雄、アテネ五輪110mh優勝の劉翔の存在も偉大ですが、北京が五輪招致に成功、市場自由化になったことに拍車をかけて、上海市はなにかと北京と対抗して、万博招致、陸上競技GP,テニスGP、F1などを次々と開催するダイナミックな動きをしています。上海GPも、現地事務所を設立、地元のスポンサー、TV放映、上海市と協力して開催しています。
−ロッテルダム、アムステルダム・マラソンも同じような形で運営されているのですか?
ドゥフィール−基本的には、陸上競技または他のスポーツと全く同じでしょう。レースの目玉商品を作り、メディア露出を拡大することによってスポンサーの満足度を挙げる。しかし、現実には主催者は陸上競技の大会運営と大衆マラソンレースとでは、参加者数、公道を使用するため、事故防止、解決しなければならない問題が非常に多いので苦労します。
−現状で、最も大切な陸上競技の活性化はなんでしょうか?
ドゥフィール−マーケティングです。ジュニア育成も大切ですが、時間がかかる。すぐにでも着手しなければならないのは、目の前にいる、地元や世界の素晴らしいアスリートの露出度を増やしていかに活用するか、一般の人たちに情報を提供して陸上競技を広めることが大切です。これらの問題が解決すれば、他の問題は後から付いてくるでしょう。そのためには一体なにをしなければならないのか、従来の陸上競技のあり方を変えるような、画期的なアイディアの導入。IAAFも各国の陸連、大会主催者が開かれた心で真剣にマーケティングを考えてゆかなければ、近い将来陸上競技離れが深刻な問題になるでしょう。
(06年月刊陸上競技誌3月号掲載)