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13億人を落胆させた劉翔の棄権

8月18日、陸上競技4日目。中国13億人の国民待望の日だった。11時50分、中国最大のスポーツの英雄、五輪2連覇を狙う劉翔が110mハードル予選第6組2コースに登場した。大きな拍手が沸く。この日の入場券はプラチナ券。9.1万人の観衆が立ち見の余地もなく埋まった。一斉に暑い視線を劉翔に注いだ。

スタート裏の観客は、忙しくカメラ、携帯電話で撮影を始める。劉翔コールが起きた。ゴール前から800mmのレンズで、劉翔のアップ姿を追った。ところが、劉翔の様子がいつもと違う。数歩走っただけで首をガックリ落としてしゃがみこむ。大型スクリーンに、苦痛の表情でしきりに足首を摩っている姿が映し出された。ビッコを引いている。何度も確かめるようにスタートを試みているが、数歩軽く前に出るだけでまともに走れない。やがて脚に貼ったコース番号を剥がすと、レース放棄して背後のトンネル内に消えた。場内アナウンサーが劉翔の棄権を伝えると、スタジアム内に衝撃的が走った。観客がどよめき、すすり泣きする女性の姿も見られた。

中国スポーツ界最大のスター、劉翔は今春ヴァレンシアで開催された室内世界選手権で優勝。最後に残されたタイトルを獲得。これですべてのタイトルを総なめにする快挙を果たした。その後、大阪で今季初の国際レースに出場、13秒19で優勝。5月24日、五輪スタジアムのこけら落としのプレオリンピック大会で13秒18で健在振りを見せたが、続く、NY,ユージンでの海外レースをキャンセル。かれの動向は国家機密に匹敵するほど、厳重に管理されていた。が、五輪開幕前から、やはり人の口を閉ざすことは難しく、まことしやかに劉翔は慢性的な肉離れを起こして悪化したとか、アキレス腱の炎症が長引いている噂が世界に流れた。

それがこの日、心配したトラブルが現実となり劉翔は一度も走ることなく棄権。地元開催の五輪会場を後にした。

早速、中国陸連のチームリーダーの馮樹勇監督(Feng shu Yong)、孫海平コーチらの説明があった。開口一番、コーチは「すべての人に、劉翔の故障を真に申し訳ありません」と、泣き崩れた。続けて「棄権と言う結果、劉翔に対しても、中国国民に対しても、真に申し訳ありません。これはわたしの責任です」と、平謝りだった。

馮樹勇監督は、大勢の記者を前にしてこう状況を説明した。

「劉翔の故障は2度起きた。最初の故障は5月に起きたが、まもなく北京にきて全快した。調整は順調に行われてきたが、先週の土曜日(8月16日)に今度は右足のアキレスの付け根のかかとの部分が悪化した。この故障は、ほぼ慢性的なもので過去6〜7年間に渡って起きてきたもの。

8月16日、劉翔が選手村に到着したときのMRI検査の結果、アキレス腱が炎症を起こしていたことがわかった。過去、何度もこのようなトラブルが起きてきたが、その都度完璧に治療してレースに備えてきた。劉翔の調子はそれまで絶好調だった。3人の医者が治療に当たったが、今日のウォーミングアップ中に急激な痛みがぶり返した。この痛みにもかかわらず、劉翔は100%ウォーミングアップを完了。医者の治療を受けて、少なくとも1次予選出場を決心したが・・・、特に、右足のかかとの部分に激痛が生じる。激痛で走れる状態ではなかったので棄権した。もし、激痛でもなければ、彼が欠場することはありえない。この記者会見の前、電話で劉翔と話したら、かれは意気消沈していた。今はそっとして欲しい。かれは必ず元気にトラックに復帰してくるだろう」

劉翔の暑い地元北京五輪は、無念にも一度も走ることなく終わった。

 
(08年月刊陸上競技10月号掲載)
(望月次朗)

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