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福岡マラソンの優勝はだれか

エチオピアの首都アディス・アベバで、昨年の福岡マラソン優勝者の朝練を何度か取材した。

この記事がHPに記載される3日の深夜、福岡マラソンに向け、マネージャー・コーチ・運転手を兼ねたギタネが、ツエゲエ・ケベデ(pb:2時間5分20秒)、テケステ・ケベデ(pb:2時間9分47秒)を含む、2時間11分台の3選手と一緒に、ドバイ・大阪経由で福岡に飛んだ。

昨年大会新記録で優勝した「ケベデ」と同名の選手が同行するが、親類関係はないらしい。

ツエゲエ・ケベデは、3年前のアフリカ大陸最大の恒例の10km「Great Ethiopian Run」で優勝して頭角を現した。

マラソンデビューから1年足らずで、北京五輪マラソン3位に食い込んだ選手だ。

09年ロンドンでは、2時間5分20秒の自己記録を大幅に更新して3位、世界歴代6位の好記録を叩き出した。

続く、ベルリン世界選手権で25km地点から腹痛を起こしたが辛うじて完走、それでも3位に食い込んで勝負強さも証明をした。

ツエゲエ・ケベデはアディスから北に40kmの寒村に生まれ、数年前までは山で薪を集め、マーケットで得た200円前後の収入で極貧生活をしていた。

いつかは「ハイレのように!」と、身長153cmの小柄な男が大きな夢を追って走っていたという。

彼の人生の転機となったのは、ある人の紹介でギタネコーチ(元マラソン選手、妻は五輪・世界選手権・クロカン・マラソンで活躍したゲタ・ワミ)のテストを受け、元世界記録保持者のヨス・ヘルメンス(オランダ)が経営する合宿所「グローバル・スポーツ・コミュニケーション」(以下GSCと略す)に入部を許可された事だ。

ギタネコーチは80年代のメンギスト独裁軍事政権時代にオランダに政治亡命、同国の国籍を持つ異色コーチで、マネージャー業はもとより、選手発掘、コーチ、合宿所での選手の生活指導、小型バスの運転手も兼ねる忙しい男だ。

彼のコーチキャリアは5年ほどだが、短期間に妻のワミ、メルガ、ケベデらを世界のトップマラソン選手に育てた猛練習と、徹底した選手管理で「プロマラソン選手育成」の最先端を行く。

「ギダネコーチのもとで、走ることだけを考えれば良い最高の環境に入れた」と、ケベデは言う。

昨年と違い、ケベデの生活環境も短期間で急変していた。

今年ケベデは、車の購入を後回しにして、大きな土地付きの家を約200万ブル(約1600万円近くか)で購入した。18歳を年長に5人の妹たちを養い、学校に行かせている。

エチオピア、ケニア陸上選手の典型的な成功のシンボルとして、それまで手にしたことのないような大金をレースで獲得すると、たちまち巨大な車を購入して、派手な生活を誇示する選手が多い。

ボクシング選手の典型的な「貧困から億万長者に、そして引退するとたちまちに無一文に」のような例は、これらの国でも見られる。

例えば、元3000m世界記録保持者のダニエル・コーメンが世界トップ選手だった頃、高級車を8台所持していたが、昨年エルドレットで再会していた時はその面影は全く失せていた。

アベベ・メコネンも例にもれず、現役時代の派手な生活から一変、ナショナルコーチの一人として細々と暮らしている。

かつて、溢れるほどいた取り巻き連中の姿は、今のメコネンの周辺には全く見当たらない。

ボクシングは、「貧者のスポーツ」と呼ばれるが、エチオピア・ケニアのトラック、ロード競技はまさにこれに匹敵するといっても過言ではないだろう。

エチオピア・ケニアの選手が、世界のトラック、ロードレース市場を独占している背景のひとつに、高地民族、天性の質素もさることながら、貧困からの脱出可能性に掛ける「ハングリー精神」が根底にあることは間違いないだろう。

両国の長距離選手の数はかなり多く、走って大金を稼げる人間は一握りしか存在しないが、それでも「夢」に限りなく近い可能性にかける者が後を絶たない。

現状の日本選手の実力に目を向けると、これが時代の流れなどと知ったかぶりで済ませたくないのはぼくだけではあるまいが、ただ不甲斐なさに呆れるばかりだ。

余りにも甘い環境にどっぷり浸かって、満足な結果も出せず、低次元なヴィジョン、低いモチベーションでは、絶望的な悲観論しか頭に浮かんでこない。

頭ごなしに批判しても反感を買うのは重々承知だが、ここまでくると書きたくなってしまうのが、関東にある大学の運動会「箱根駅伝」の影響だ。

「あの程度で満足」「今の若者はフルマラソンを走る意欲を持たない」とまで断言する人がいる。

本来、世界に通用するマラソン選手の発掘を目指して設立した「箱根駅伝」が、いったいどこでなにを間違えたのか、滑稽で茶番劇的な、高視聴率を稼げる怪物TV番組になってしまった。

今年は箱根駅伝の映画も作られたとか。

ひとつの元凶として、毎年多くの選手が消耗していく割には、この箱根駅伝からマラソンやトラックで大きく伸びるランナーが生まれてこない。

良き昔を回顧することは老いた証だろうが…中国電力の坂口監督がこう言ったことを肝に銘じて欲しい。

「世界に通じるマラソンランナーに目を向けさせるため、箱根駅伝で活躍した尾方らの頭から、箱根駅伝メンタリティーを払拭するまで数年かかった」…、なんという膨大な時間とエネルギーの浪費だろうか。

話が本題から大きく逸れてしまったが、残念なことに箱根駅伝や他の駅伝大会が国内の主流になってしまった現状では、フルマラソンで活躍する日本選手が育つことは期待できない。

福岡マラソンがケベデらの優勝争いになることは必至だろうと思う。

ケベデは、福岡に飛ぶ前こう語った。

「今年の福岡の天気はどうですかね。福岡は相性がいいところ。ぼくは多少寒いほうが好きですね。不安は、スピードで長い距離を押して行くと腹痛を感じる時があること。ベルリンの二の舞は踏みたくありませんが・・・、問題はその点だけです。調子は良いのでコース新記録を目指し、さらに頑張って5分台で走りたいと思っています。」

なお、もう一人のベケレは、コーチのよるとポテンシャルは「5分台」の選手とか。

当然、天候次第になるが、うまく2人のベケレが積極的に争えば国内初の5分台レースになるだろうか。



 
(12月3日、アディスで記す)
(望月次朗)

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