ボス 奇跡的な番狂わせ
ロングスパートの賭け℃タる
中長距離でフランス初の金メダル
有効期限2日前に参加標準記録クリア
準決勝はプラス通過
「夢が実現した。それとも、夢を見ているのだろうか?」
今季自己最高の1分44秒67で男子800mの優勝をさらった25歳のピエール-アンボワーズ・ボス(フランス)は、中長距離種目で母国に大会史上初の金メダルをもたらした快挙がいつまでも信じられない様子だった。
彼は13年モスクワ世界選手権以降ビッグゲームの入賞の常連で、昨年のリオ五輪は4位。今大会は世界記録保持者のデイビット・ルディシャ(ケニア)が右太ももの故障で出場を取り止め、ルディシャに続いてリオ五輪で2位だったタウフィク・マクルフィ(アルジェリア)は欠場、同3位のクレイトン・マーフィー(米国)は国内選考会で落選。こういった状況からボスの勝利を順当≠ニ思う人は多いだろうが、彼にとっては今大会への出場自体がぎりぎりのところだった。
というのも、ボスは臀部の故障に悩まされ7月上旬のフランス選手権も欠場し、同21日のダイヤモンドリーグ(DL)モナコ大会が今シーズンの初戦。そこでなんとか1分44秒72をマークして4位に食い込み、有効期限が2日後に迫っていた世界選手権の参加標準記録(1分45秒90)を滑り込みでクリア。代表入りできただけでも幸いで、今季の世界10傑にも入っていないのだから、ほとんど注目されていなかった。
DLモナコを今季世界最高の1分43秒10で制したケニアの22歳の新鋭、エマニュエル・コリルが今大会の本命に挙げられていたのだが、国際大会初出場の経験不足も祟ったのか準決勝でよもやの敗退。ボスはプラスで拾われて辛うじて通過したものの、決勝の主役は前回の北京大会2位のアダム・クシュチョト(ポーランド)、7月前半のDLで3連勝していたナイジェル・アモス(ボツワナ)らレース巧者たち。脇役の1人にすぎなかったボスが残り200mから放ったロングスパートは「無謀」とも思われたが、最後の直線に入っても粘り抜き、逆にアモスらが先に失速。クシュチョトの猛烈な追い上げも凌いでまさかの優勝≠さらってしまったのだ。
「最後に追いかけられていた時は、まるで終わりのない悪夢のようだった。でも、なぜ誰も僕を抜いていかないのか、不思議でならなかった。作戦なんて何もなかったが、僕はカジノに行くのが好きなギャンブラー。今日のレースは大きな賭けに出て、最高の結果が訪れた。勝てた理由は決断力。脚力ではなく、精神力の勝利だった」
胸の高まりを抑えきれず、興奮ぎみにそう話したボス。勝った本人が、この奇跡的な番狂わせを最も驚いているようだった。