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望月次朗のアフリカ紀行

出産後も活躍する女王長距離界のBig4
2020東京五輪のマラソンで有終の美を!!

 エチオピアのメセレト・デファー(34歳)とティルネシュ・ディババ(32歳)。ケニアのメアリー・ケイタニー(36歳)、ヴィヴィアン・チェルイヨット(34歳)。長距離界をリードする両大国が誇るベテラン女子選手は、若い頃から活躍し、結婚、出産を経ても輝かしい実績を重ね、稀にみる長いキャリアの集大成として「マインドセット」、2020東京五輪のマラソンに向けて着々と準備を始めている。今から東京五輪のマラソン優勝者を予想するのはちょっと早い気がしないでもないが、彼女たちは有力な金メダル候補と言っていいだろう。
 このうちデファー、ディババ、チェルイヨットの3人は、2002年にジャマイカ・キングストンで開催された世界ジュニア選手権(現・U20世界選手権)の5000mで好勝負を繰り広げ、デファーが優勝、ディババが2位、チェルイヨットが3位だった(デファーは同大会の3000mも優勝)。以来、今こんにち日まで五輪、世界選手権、世界クロカンで優勝争いを続けている。一方、ケイタニーはロード専門ランナーのため、前述の3人がトラックからロードに進出してきた最近まで対戦がなかった。今季の女子マラソン界を展望する意味合いを含めて4選手の近況を伝える。

今秋の初マラソンが楽しみ
メセレト・デファー(エチオピア、34歳)

 4人の中で最も以前から活躍しているメセレト・デファーは、5000mで2004年アテネ、12年ロンドンの両五輪に優勝し、世界選手権でも2度(07年大阪、13年モスクワ)タイトルを獲得している。その後はハーフマラソンで1時間6分09秒(片道コース)を記録しているが、足の故障などでいまだにマラソンを走った経験がない。
「最後まで優勝争いしての銀メダル獲得ならそれなりに認めるけど、私にとって3位以下はあまり意味がない」とばっさり。すごい闘志の持ち主だ。
 夫のテディは元サッカー選手。デファーがロンドンで2大会ぶりに五輪制覇、復活を遂げた裏には、テディの懸命な努力、支援があった。
 この夫妻は日曜日に家族そろって教会に行く敬虔なクリスチャン。貧困家庭の児童たちを支援する慈善事業にも忙しい。孤児院から引き取ったメラート(18歳)とリディア(12歳)を小さい頃から養女として育て、14年6月に待望の実子・ガブリエラ(3歳)を授かった。
「ロンドン五輪の前、国内メディアは私にまったく期待せず、誰も私が優勝するとは思っていなかった。しかし、私はテディと一緒に猛練習を重ね、その努力に報いて神様が授けてくれた優勝です」とデファーは無邪気に笑う。
 ガブリエラを出産後、10kg以上増加した体重でマラソン練習を再開。「ちょっと重いと感じていたが、脚に相当の負担がきて無理があった」とデファーは振り返る。
「マラソン練習を舐めていたね」とテディ。ふくらはぎの故障を起こしたのだ。これが元で約3年間、ドイツのミュンヘンで故障箇所をチェックし、治療を受けるなど競技生活はほぼ休止した状況。3000mで2位に入った16年3月の世界室内選手権(米国・ポートランド)以外は世界大会に出ていない。
「昨年の12月頃まで走るとちょっと痛みを感じたが、今は痛みが完全に消えた。減量にも成功。徐々に走る距離を延ばしている。テディはトラックレースのコーチとして経験、実績が十分あるが、マラソンは未経験だ。当初は今年2月の東京マラソンで初マラソンに挑む計画だったが、故障が長引いたので出場は断念。これから本格的に良いコーチを探して、今秋にマラソンデビューを考える」とデファーは話す。
 故障が完治したのはいいのだが、今頃コーチ探しとは心配だ。
「これまでトラック、ロードレースを走ってきたが、やはりマラソンである程度の実績を残してキャリアを締めくくりたい。当然、ティルネシュ、ヴィヴィアンらも同じような考えで東京五輪のマラソンに狙い定め、有終の美を飾りたいと思っている。私としては、今秋に予定している初マラソンが楽しみです」と、デファーとテディは口をそろえた。



今春のロンドン・マラソンで
「世界新の可能性は十分にある」
ティルネシュ・ディババ(エチオピア、32歳)

 ティルネシュ・ディババは、この4人の中で最年少の32歳だが、北京五輪で5000m・10000mの2冠に輝き、ロンドン五輪は10000mで2連覇、世界選手権X5(03年パリ5000m、05年ヘルシンキ5000m・10000m、07年大阪10000m、13年モスクワ10000m)、世界クロカン4回優勝、5000mの世界記録樹立など数々の金字塔を打ち立てた史上最強長距離ランナーだ。
 03年パリ世界選手権5000mは17歳333日で制し、この種目で史上最年少チャンピオンとなった。それから五輪、世界選手権、世界ハーフ、世界クロカン、世界室内も含めてあらゆるタイトルを獲得。マラソン転向を図り、最後の挑戦意欲が燃える。
 2回目のマラソンだった昨年4月のロンドンでは2時間17分56秒の好記録でメアリー・ケイタニー(ケニア)に続く2位。
ケイタニーとの再戦、15年北京世界選手権女王のマレ・ディババ(エチオピア)も参戦する今年のロンドンでは、男子のペースメーカー付きで2時間15分25秒の世界記録にチャレンジする。その後も順調に進めば、2020年の東京は5大会連続の五輪となる。
「マラソン転向直後は、長い距離に対してメンタルの部分で疲れた。でも、心理的な不安が取れた今は、私にとってマラソンが最適だと感じている。人はそれぞれ異なる距離に対するアプローチ、心理的な準備を整え、克服することが大事でしょう。これまでトラック、クロカンで鍛えた脚力があるのでスムーズにマラソン転向ができたと思う。マラソンはレース中、予測不可能な不慮の事故もしばし起きるけど、トラックとは注目度、重みが違う。もちろん賞金もケタ違い」とディババは笑う。
 彼女の夫はアテネ、北京の両五輪10000m銀メダリストのシレシ・シヒネ(35歳)。
貸しビル会社の社長業の合間に妻をバックバックアップし、「マラソンはメンタルの準備が最も大事」と話す。
 ディババは14年のロンドンでマラソンにデビューし、2時間20分35秒で3位。「さすがディババだ!」と称賛されたが、本人はいたって謙虚に「人について完走しただけよ」と苦笑した。
 2014 〜 15年は出産のため完全休養。15年3月26日、息子・ネイサンを無事に出産。
その後の活動は人間離れ≠オており、長期的なプランを立て、出産から短期間でトラック、マラソンを繰り返し、結果を確実に出したことはすごい。



 短期間の準備で16年6月29日、オランダのヘンゲロで行われたリオ五輪10000mエチオピア代表選考レースに出場。この種目で無敗を誇っていたディババは急激に台頭してきたアルマズ・アヤナにキャリア初の完敗を喫したものの、3位になって五輪代表権を確保した。リオ五輪では自己ベストを8年ぶりに12秒10短縮する歴代4位の29分42秒56で、自分でも驚く銅メダル。4大会連続で五輪の表彰台に立った。「銅メダルは息子のため」と大喜びだった。
 昨年のロンドン・マラソンは2時間17分56秒の歴代3位のタイムで2位。その後、わずか3ヵ月のトラック練習で、8月のロンドン世界選手権10000mはアヤナに次いで2位。その2ヵ月半後はシカゴ・マラソンに2時間18分31秒で圧勝し、「自分のレースで完走した」と胸を張った。
 ディババは普段から多くを語らないタイプだが、今春のロンドン・マラソンに向けて「去年より調子がいい。今年のレースは男子のペースメーカーが付く。世界新記録の可能性は十分にある」と言うあたり、よほど仕上がり具合がいいのだろうか。
 コーチのハジ・アディロ・ロバも「天気が良ければ世界新記録が出る」と太鼓判を押す。ディババの走りに期待しよう。


ロンドン・マラソンX4かかる現役最速女子ランナー
ペースメーカー同行で世界新に挑戦
メアリー・ケイタニー(ケニア、36歳)

 昨年のロンドン・マラソンを世界歴代2位、女子単独レース世界記録の2時間17分01秒で制したメアリー・ケイタニー(36歳)。
ロンドン、ニューヨークでいずれも3度の優勝を誇るメジャーマラソンの顔≠セが、ロンドン五輪は無念の4位にとどまり、選手権レースのタイトル獲得は09年の世界ハーフのみ。



 ケイタニー、夫のチャールズ・コエチ、9歳のジャーレッド、4歳のサマンタの家族はケニアのイテン郊外に住居を構える。
 2年前、イタリア人コーチが母国へ帰国。その後は元中距離ランナーだった夫のコエチの指導でケイタニーは記録を伸ばしてきた。今年のロンドン・マラソンでは、2003年の同大会でポーラ・ラドクリフ(英国)が男子ペースメーカー付きレースで樹立した世界記録(2時間15分25秒)に挑戦する。
代理人のジャニ・デマドンナはロンドンでの展開について「前半のハーフを1時間7分30秒〜8分で入り、2時間15分〜 16分の目標タイムを狙うのが最適だろう」と話す。
 ケイタニー自身は「世界記録を破るのは非常に難しいと思う。私の記録と1分半以上も差がある。しかし、女性のみのレースだった昨年は前半を飛ばしすぎ、終盤ペースを落としたが、今年は練習パートナー兼ペースメーカーの2人を同行する。お互いに気心の知れた仲なので、走りやすい状況に変わった。気象状況に恵まれればいい結果になるはず」と笑顔を見せた。
 今年のロンドンではティルネシュ・ディババ、マレ・ディババのエチオピア勢も世界記録に挑戦する意向で、ケイタニーは「マレは心配していない。マラソン経験が少ないとはいえ、ティルネシュは怖い相手。
昨年の彼女と今とでは大きな違いがある。ティルネシュの走りから絶対に目が離せない」と警戒する。
 そして、東京五輪のマラソンに関しては、「できれば出場したいが、2年後は状況が大きく変わるので……」と明言を避けた。


5度目の五輪出場がかかる東京では
「マラソンでメダルが取れたら最高ね」
ヴィヴィアン・チェルイヨット(ケニア、34歳)

 ヴィヴィアン・チェルイヨット(34歳)は、14歳だった1998年から世界クロカンのジュニアの部に5年連続で出場。99年の世界ユース3000m、02年の世界ジュニア5000mではいずれも3位と、早くから国際経験を積んでいる。
 その後、25歳で09年ベルリン世界選手権5000mに優勝し、11年のテグ世界選手権では5000m・10000mの2冠。15年の北京世界選手権も10000mで金メダルを手にした。
小柄な身体のどこからエネルギーが出るのか驚異的なスタミナの持ち主だ。
 ロンドン五輪は優勝候補に挙げられながら5000m2位、10000m3位という無念さを味わった。その4年後のリオの5000mで悲
願の五輪優勝を達成した。
 実質的なマラソンデビュー戦だった昨年のロンドンは2時間23分50秒で4位。秋のフランクフルトでは2時間23分35秒で優勝。今春のロンドンが3回目のマラソンとなる。

「マラソン転向の動機は、やはりトラックからマラソンを走ってみたいランナーの本能、宿命。マラソンは究極的な長距離レース。だから挑戦欲を掻き立ててくれる。まだまだマラソン経験が少ないので甘いも辛いもよくわからないけど、ロンドンで世界のトップ選手と一緒のレースは緊張するわ。自分のペースで完走し、自己記録更新が目標。間違ってもメアリー、(ティルネシュ)ディババらを追いかけるような自殺行為のハイペースでは走らないわ」と慎重だ。
 2020年の東京五輪に出場すれば五輪4大会連続5度目となり、狙うはマラソン代表。
「ケニアのマラソン代表権獲得は非常に難しいけど、もし出場できたら大変うれしいこと。そして、メダルが取れたら最高ね!でも、マラソン界において2年後どうなるかは誰も予測できないはず」と話していた。




 4月22日に開催される今年のロンドン・マラソンは、エリザベス女王がスターターを務める。デファーは別として、他の3人はロンドンで対決する。チェルイヨットは自己新記録を目標に3回目のマラソンになる。ケイタニーとディババは、男子のペースメーカー付きで世界記録へ挑戦する。どんなレース展開になるか世界中のファンが
楽しみに待っている。

 

 
(月刊陸上競技2018年5月号掲載)
●Text & Photos / Jiro Mochizuki(Agence SHOT)

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