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女子棒高跳
エカテリナ・ステファ二ディ

究極の文武両道ボウルター
2017年は11戦無敗、勝負強さ≠ェ持ち味


 エカテリナ・ステファ二ディ(ギリシャ、28歳)は、リオ五輪女子棒高跳で優勝。ギリシャ陸上界で史上4人目の五輪女王だ。
 アテネ近郊のホレロゴーシュで生まれ育ち、陸上競技選手だった両親の影響を受けて早くからスポーツに魅せられるが、特に棒高跳が大好きだったという。15歳だった2005年に、室内でユース世界最高記録(当時)の4m37を樹立し、同年の世界ユース選手権に優勝。その後、6年間は記録の伸びはなかったものの、2007年に世界ユースで2位になった結果、複数のアメリカの大学からスカウトを受け、最終的に超名門・スタンフォード大学(カリフォルニア州)に進学。ヘルメットをかぶって跳躍していた同大学出身の男子棒高跳選手、トビー・スティーヴンソン(2004年アテネ五輪銀メダル、6m00ベスト/現41歳)の指導を受けて才能を伸ばした。10代で親元を離れ、異国の大学で認知心理学を専攻。大好きな棒高跳との文武両道を完結した異色の女性アスリートだ。
 2014年に欧州選手権(チューリヒ)で4m60をクリア。6年間の努力が実って着実に成長、ブレイクした。4m65を跳んで優勝したアンゼリカ・シドロワ(ロシア)に続いて2位だった。2015年、大学のチームメイトだった棒高跳選手、ミッチェル・クリエ(米国、5m05ベスト)と結婚。彼の献身的なコーチングで成績を伸ばし、2016年のリオデジャネイロ五輪で念願のメジャータイトル制覇。昨年はロンドン世界選手権を含めて屋外シーズン無敗を誇った。
 ちょっと地味な存在だが、子供の頃から両親の愛情を受けてスポーツの基礎を養い、試合感覚、集中力は抜群。勝負強さが特徴だ。5m征服への課題は「メンタルだけ!」と話し、「ライバルは自分自身」と言う。
 世界室内選手権、世界選手権、欧州室内選手権、欧州選手権、五輪、ダイヤモンド・リーグ年間総合を含むすべてのビッグタイトルを獲得。屈託のない明るい性格はたちまち人を引き寄せる楽しい雰囲気の持ち主。2年後に東京で開催される五輪での連覇を視野に入れ、今季は欧州選手権2連覇、ダイヤモンド・リーグ年間総合3連覇を目指している。


11歳から棒高跳を開始
15歳で4m37のユース世界最高

―両親が陸上競技選手。父親が三段跳、母親が400mランナーだったとか。陸上競技との関わりは両親の影響ですか?
ステファ二ディ 
 そうです。私の両親は元陸上競技選手で、ギリシャのジュニア代表選手でした。父親は三段跳の選手で20歳か21歳の頃16m32の記録を出していますが、イタリアで合宿中、チームドクターに心臓疾患があると診断されスポーツをやめるように忠告されました。でも数年後、父親は医者の注意も無視して今度はセミプロバスケでプレーし、私はバスケットボールのコートで育ってきたようなものです。母親は400mの選手でした。記録はよく覚えていません。私の経験では400mは非常にきつい種目で思い出すのも嫌ですね。ですから、私は物心がついた頃から両親の影響もあったのですが、自分自身でもごく自然に陸上競技に親しみ、いろんな種目で遊ぶことから始めました。
―棒高跳を始めた動機は?
ステファ二ディ
 父親がシドニー五輪の女子棒高跳を熱心にテレビ観戦していたのを覚えています。当時、私は10歳でしたが、私の身体能力と競争心の素質の有無をチェックしてから棒高跳をやるように勧めましたね。父親はナショナルチームのコーチと懇意にしていたので紹介してくれました。
 まあ、私は子供の頃からじっとしていないエネルギッシュな活発な女の子でした。昔のビデオを見ると、とにかく走っている映像が多く、歩いているシーンなんかありません。あらゆる場所で走っている。両親が即興的になんらかのかたちで遊びに「競争」を取り入れ、ほとんど負けたことはありません。夏になると、父親が砂の上を走る「遊び」を取り入れ、いつの間にか走幅跳、三段跳もやりました。実際、両親が遊びながら陸上競技の基礎的な練習を、4歳頃からやっていたようです。もちろんその頃は浜辺の砂の上の遊びが陸上競技の練習とは知る由もありませんでした。
―11歳で2m30の記録を作り、それから非常に長いキャリアですが、棒高跳の魅力はなんですか?
ステファ二ディ 
 11歳の子供に棒高跳の試合などはありません。また、棒高跳は難しい種目なのでやっている子供も少ないでしょう。この記録はマスターズの試合に特別許可をもらって出場して出したものです。陸上クラブへの加入はスプリンターとしてでしたが、コーチの練習プログラムに変化がまったくなく、毎回同じような練習でつまらなく飽きてきました。一方、棒高跳はいろんな技術を習得しなければいけない種目。練習の初日からスプリント練習、いろんな体操、そして棒高跳の練習など、毎回練習に変化があるので飽きないどころか、必死で身体を使っていろんな技術習得する努力をしなければなりません。そして、練習すればするほど結果が出ました。15歳でユース世界最高記録(4m37)を樹立するなど、結果が出ることによって向上心を促進、楽しみが出ます。最初の頃は棒高跳が好きだったけど、試合で良い結果が出るようになると愛情に変わりました。
―最初の棒高跳のコーチは?
ステファ二ディ 
 ギリシャは伝統的にワールドクラスの棒高跳選手がいます。最初のコーチは、パナギオティス・シメオニディス。技術を教えるのが非常にうまいコーチでした。彼の指導は楽しかった。彼に正しい助走、棒高跳の基礎的なテクニックを習いました。2005年、07年の世界ユース選手権で金、銀メダルを獲得。こうなるとますます練習、試合が好きになり、熱が入ります。また、2008年の世界ジュニアで銅メダルを獲得するなど、彼のお陰で好成績を上げることができました。でも、このコーチからは1つ大事な「コアストレングス」(体幹強化)の練習を教わりませんでした。


超名門・スタンフォード大学で
学業との両立

―2008年の世界ジュニア選手権で3位になり、アメリカの大学からスポーツ奨学金を得られたのですか?
ステファ二ディ 
 いえ、2005年にマラケシュ(モロッコ)で開催された世界ユース選手権に大会新記録の4m30で優勝してから、複数のアメリカの大学からスポーツ奨学生としてのスカウトがありました。スタンフォード大学はアカデミック(注:世界屈指の難関大学)で、キャンパスも素晴らしく、棒高跳のコーチはトビー・スティーヴンソン(アテネ五輪男子棒高跳2位)で、競技力を伸ばす環境がベストと判断。2007年、オストラヴァ(チェコ)で開催された世界ユース選手権では2位(4m25)でしたが、スタンフォード大学に進学することが決まりました。
―スポーツと勉強の両立を考慮して大学選考を決定したわけですね?
ステファ二ディ 
 そうです。私にとって学業は非常に重要です。「認知心理学」を専攻。2011年はU23欧州選手権、ユニバーシアード(中国・深圳)に出場しましたが、ほかの国際試合などには勉強が忙しくて出場していません。アメリカの大学のシステムは学業とスポーツの両立が可能でした。大学入学前から「博士号」を獲得することが目標でした。もちろん、学業とスポーツは両立できると思っていました。しかし、ロンドン五輪出場資格を獲得してから国際試合に出ることが多くなると、授業欠席が続き、両立が難しくなりました。
―五輪初出場の2012年ロンドン大会ではどんな経験を得ることができましたか?
ステファ二ディ 
 五輪出場は長年の夢が実現したと思いましたが、女子棒高跳の予選は午前中(10時20分に開始)に行われ、朝が苦手の私に不向きな時間帯でした。当時の私は4m51が自己記録でしたが、五輪では4m25しか跳ぶことができずに予選落ちし、大きな失望を味わいました。そこで私は棒高跳の「プロ」になりたいと大学のコーチに相談すると、「なぜここで学業をやめてしまうのか。卒業してからプロになっても遅くはない!」と説得されました。
 ほかのプロ転向の理由は、棒高跳そのものが私の中で大きな部分を占めています。現在、棒高跳を始めて16、17年が経ち、それ以前より長い時間、棒高跳をしています。スタンフォード大に入学当時、人に聞かれれば「ポールボルターです」と返答していたぐらい棒高跳そのものが私自身の日常生活の一部でした。棒高跳に感謝しています。
 棒高跳は、スポーツだけでなくいろんな人生経験を与えてくれました。日常生活の時間のやりくり、勉強にも役立っています。( 注: 今年になって「Journal of Memory andLanguage」という名前の専門誌で彼女の論文「Freerecall dynamics in value-directed remembering」が発表された)
 棒高跳は個人種目でありながらも、チームワークで機能します。これまでたくさんの素晴らしい感激を棒高跳で味わってきました。私が最も楽しめるのは大きな選手権大会です。引退後はその思い出を最も大切に胸に秘めるでしょう。世界選手権、五輪などの舞台でのプレッシャー、潰されるような圧迫感など、極限の状態でナーバスに
なる感情を巧みにコントロールし、最高のパーフォーマンスを発揮する。頂点に立った歓喜の瞬間、言葉に言い表すことは簡単ではありません。でも、すべてを忘れて無我の境地でポールを持って助走する瞬間、私にとって棒高跳が最も楽しい(至福)ときです。



2016年に念願の世界タイトル
リオ五輪で金メダル

―2016年シーズンは、世界室内選手権(米国・ポートランド)こそ3位でしたが、屋外では欧州選手権(アムステルダム)、リオ五輪で優勝し、ダイヤモンドリーグでは年間総合優勝するなど、試合に出て負ける気がしなかったでしょう。
ステファ二ディ 
 大学でチームメイトだったミッチェル・クリエと結婚後、彼がコーチ、マネージャー役などをしてくれるので、私は練習、試合に集中でき、好結果に結びついたと思います。また、大学卒業後はアリゾナ州立大の大学院で学んでいたのでアリゾナが拠点になりましたが、その後、室内練習場が完備しているオハイオ州に拠点を移し、いつでも跳躍練習ができる環境になったのも記録が伸びた要因ですね。ポートランド世界室内では4m80を跳んで3位。アムステルダム欧州選手権では大会新記録の4m81をクリアして優勝するなど、コンスタントに4m75以上の結果を出してきました。5mをまぐれで1回跳んでも、他の大会は4m70ぐらいが平均では大きな大会で勝てません。2016年のシーズンはコンスタントに4m75以上を跳ぶことに目標を置いたので、リオ五輪でも4m85で優勝することができました。
―これまでいろいろな国際大会を取材してきましたが、女子棒高跳は、世界ジュニアやユニバーシアードなどで決勝に進出した選手の多くが伸び悩み、ほとんどの人たちが競技を続けていません。そんな中、あなたが長く競技を続ける秘訣は何ですか?
ステファ二ディ 
 数年やって芽が出なければ練習を続けるのも楽しくないでしょうから、多くの女子選手が簡単に競技をやめてしまうのが現実です。私は2005年から2011年までの6年間、自己記録更新ができないほど長いスランプに落ち込み、絶望的な状態でしたが、スポーツ奨学金を受ける以外に大学に籍を置くオプションがなかったので、仕方なく棒高跳を続けたわけです(注:スタンフォード大は超名門私立大学だが、奨学金を得ていない学生の学費は年間560万円〜 600万円で、世界で一番学費が高い大学≠ニ言われる)。そうこうしているうちに4m51に記録が伸びてくると、いつの間にか再び棒高跳に夢中になっている自分がいました。そんなことの繰り返しで、運が良くなければ継続する意欲も失われてしまいます。


2017年は11戦全勝
ロンドン世界選手権は自己新X


―2017年の屋外シーズンは11戦全勝を誇り、ロンドン世界選手権は自己ベストの4m91で優勝。ダイヤモンド・リーグは6戦全勝で、文句なしの年間総合2連覇を遂げました。そして、今年の目標はベルリンでの欧州選手権で2連覇することですね?
ステファ二ディ 
 今季最大の目標は、女子棒高跳においてこれまで誰も果たしたことがない欧州選手権で2連覇することです。5m征服はそれほど大きな目標ではありません。まず、今季からこれまでよりグリップを5cm高く上げて練習しています。ダイヤモンドリーグ初戦のドーハ大会から実践として10cmグリップアップにトライ。8月に15cm近くまで上げられるのが理想的。新しい試みで4m91の自己ベストを1cmでも更新することが先決で、次がダイヤモンドリーグ総合優勝。調子さえ良ければ5mジャンプ、そして世界新記録に挑戦していきたいです。
―5m征服は、運もさることながら、あなたにとって何が必要ですか?
ステファ二ディ 
 毎シーズン条件は違ってくるでしょう。ここ数年はメンタル的な用意は整っていましたが、故障などフィジカルが万全ではありませんでした。5mを跳ぶためには、メンタルとフィジカルのバランス、そして運が必要でしょう。
―世界室内の男女棒高跳は近年、著しくレベルアップしています。女子は4m85を跳んでも優勝できない。やがては5mをクリアしなければ大きな国際大会は優勝できないような状況ですが、この傾向をどのように思いますか?
ステファ二ディ 
棒高跳は風の影響など、室内と屋外では大きな違いが出る種目。特に女性は屋外試合の気象条件、風の影響が受けやすいので、結果に違いが出ますね。近い将来、4m90を跳んでもメダルを取れない水準になるでしょう。今年も4m70以上を多くの女子選手が跳んでくるはずです。
―最後に、2年後に東京五輪が開催されます。五輪連覇は大きな目標でしょうが、その目標について聞かせてください。
ステファ二ディ 
 もちろん五輪連覇が目標です。多くの選手が同じように五輪の金メダルを目標にしてくるでしょう。東京五輪まで2年あります。過去2年は五輪、世界選手権が続いたので思い切った試験的な試みができませんでした。そこで、世界大会のない今年はポールのグリップの高さを上げて試行錯誤できるチャンスです。そして2019年、20年で堅実に自分のものに習得するのが理想のプランです。
 新しいジャンプの試みと同じように注意しなければならないのは故障をしないことです。故障は最も精神的なダメージを受けます。私たちは90%の調整でも、故障のリスクを避けて万全の体調であることがベストだと考えています。ですから、今季の希望的な抱負は、故障をせず、ポールを握るポイントを高くし、踏み切りのタイミング
をよりスムーズにしてコンスタントに高いバーを越えることです。米トップジョガーの後塵も浴び、団体戦は12位に甘んじた。

 

 
(月刊陸上競技2018年6月号掲載)
●Text & Photos / Jiro Mochizuki(Agence SHOT)

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