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【望月次朗のエチオピア紀行】
アルマズ・アヤナ

両膝の大手術からリハビリ開始
東京五輪見据え、復帰時期は慎重な姿勢

 2018年2月半ば、アディスアベバに滞在した時、2016年リオ五輪女子10000mを世界新記
録(29分17秒45)で制したアルマズ・アヤナ(エチオピア)の近況、2018年の抱負などを知りたくて、夫のソレサ・フィダに電話を入れた。アララトと呼ばれるホテルの背後の森の中の朝練習を取材。その後、彼らの自宅で朝食をごちそうになりながらいろいろな話をした。実はこの時点で、彼らは半年後に重大な決断をしなければならなかった。これまでの競技キャリア最大の難関に直面していたのだ。
 アヤナの両膝は2015年北京世界選手権前からすでに痛みを伴い、年を経るごとに悪化。手術の決断を迫られていた。アキレス腱、膝関節の故障は競技者にとって、命取りになりかねない大事な試練だ。若い2人の苦悩は計り知れないものがあっただろう。アヤナの朝練習に付き合ったが、この時期は本格的な冬季練習にもかかわらず、アヤナはペーサーと一緒に軽い走りをしただけで、膝の故障などまったくうたがう余地もなかった。シーズンの抱負を聞くと、「(2018年)今季は選手権もないので休養の年。レース出場は最小限にする計画だ」と言って表情に余裕を見せていた。フィダはアヤナの秘密を完璧に守ってきた。
しかし、この時点で彼らはすでに手術をする準備を慎重に始めていたのだ。
 昨年11月末にアディスアベバに滞在した折、いつものようにフィダに一報を入れると、「久しぶり! 元気ですか? 家に来る時間あるの? いつがいいの?」と、電話の向こうでフィダの声がオヤッと思うほど明るかった。後日知ったことだが、アヤナの両膝の手術経過が予想以上に良好で回復状態も良く、医者から太鼓判を押されてやっと安堵したと聞かされた。それから数日後、彼らの自宅を訪れると、アヤナのオランダのエージェントから送り込まれたフィジオが手術後、ごく軽いリハビリ運動を自宅の庭で始めた最初の日だった。手術は完璧だったという。究極の目標は東京五輪だが、回復次第でドーハ世界選手権を狙う。

長距離女王の苦渋の決断
 アヤナの両膝頭に1本の線を引いたように、大きな手術の跡が目を引く。昨年の7月20日、アヤナの「黄金の脚」にメスが入った。アヤナは敬虔なオーソドックス(キリスト教の東方正教会)の信者だ。手術の無事を神に祈って手術室に入った。スイス北部のベルン市で行われた4時間の大手術を無事に完了。術後は2ヵ月の長期にわたって入院した。その後、一度帰国したが、手術後の経過の再チェックが11月4日から3日間行われ、医者からほぼ理想的な回復状態と言われ、安堵したという。それから3週間後、あの華麗な走りを2020年東京五輪の舞台で見せるために、完全復活を目指して、フィジオの指導下で慎重なリハビリの第一歩が始まった。大柄なフィジオは、通称「グローバル」と呼ぶオランダの「グローバル・スポーツ・コミュニケーション社」からエチオピア契約ランナーの故障回避、体調管理をすることが目的で派遣されている。


—両膝に違和感を感じたのは、2015年のシーズン中だったとか。
アヤナ 最初は疲労からくる痛みかと思いましたが……。やはり膝に水がたまったり、骨が接触するような嫌な感じの痛みが続きました。
—すると、2015年北京世界選手権で10000mを回避したのは距離が長いから、5000m一本に切り替えたということ?
フィダ まあ、そうですね。それほど激痛というわけではありませんが、関節の痛みだけに慎重に練習、練習後のケアをしてきました。長い距離を走ると関節に痛みが生じるので、長い距離、持久系の練習は極力控えて、比較的短い距離のスピード練習に重点を置いて調整してきました。1年後にはリオ五輪が控えていたので、手術する時間がない。とにかく大事を取って5000m一本の出場に決めました。
—2016年リオ五輪10000mでは全力を尽くして、29分17秒45の23年ぶり世界新記録で圧勝。次に5000mを2本走って、決勝では中盤まで独走しましたが、終盤にスピードダウンしてヴィヴィアン・チェルイヨット、ヘレン・オビリ(ともにケニア)に抜かれて3位に甘んじました。終盤の失速は関節の痛みが直接の原因ですか。
アヤナ 確かに、10000m決勝は待望の世界新記録で気持ち良く勝ちましたが、5000mで予選、決勝の2本走ると、やはり決勝後半に関節が痛み出して前半のリードも維持できず、ペースが落ちて負けました。敗戦を両膝の故障が原因ということにしたくはありませんが、痛みがあったことは事実です。痛みがあったので練習量が不足しています。高温多湿の状況で疲労もあったでしょう。膝が痛くなければ、リオ五輪への調整もまた違って、本番の走りもまったく違ったものになった可能性はあると思います。

—ロンドン世界選手権ではどうでしたか? 最初の10000m決勝は圧勝しましたが、5000mの予選は無難に通過した後、決勝はリオ五輪とほぼ同じようなパターンで2位でした。
フィダ ロンドン世界選手権もリオ五輪と同じ両膝関節の痛みの問題を抱えながら、同じ種目で2種目制覇に挑戦しました。調整もリオ五輪と大差はありません。結果はほぼリオ五輪と同じようなレース展開で、まったく同じような結果が出ました。2017年のシーズンオフに十分に休養してもいっこうに回復の兆しが見えず、手術以外のオプションもなく、医者の勧めに後押しされ、最終的にアヤナの承諾を得てから手術を決定しました。手術決定に至るまでいろいろな不安、悩みが続きました。アヤナも手術が大嫌いで怖かったのですが、勇気を出して受けてくれました。



術後は良好、完全復活に意欲

—それにしても昨年2月に会った時は、「今シーズンは大きな選手権がないので試合数も少なくしたい」と言っていましたが、すっかりだまされましたね(笑)。
フィダ (笑顔で)申し訳ない。悪意はなかったのですよ。我々は故障の公表は避け、メディアに極力隠しておきたかったのです。あの時はまだまだ「はい、そうですか」と簡単に手術の決断がつかなかったのです。手術が最適な手段か、他に治療のオプションがあるのではないかと悩んでいた頃です。
アヤナ 私は手術が怖くて、考えるだけで身体が震えるほど。手術を回避できるなら、それに越したことはなかったけど……。手術後の経過も非常に良好で、これまでの膝の痛みが嘘のように消えました。やはり、手術は大成功だったと思います。これからリハビリを完全に消化して、以前のように完璧に走れることを願っています。
—今日、フィジオの指導で脚の体操を始めましたが、動いてみて痛みなどはどうですか?
アヤナ 痛みはまったくありません。
—これまでどんなリハビリを続けてきたのですか。
アヤナ 9月末から室内で自転車、水中でいろんな体操、水泳などです。これまで数ヵ月は、まったく走っていません。だから、筋肉が落ちてしまったので、水中で少しでも身体を動かすことから始めました。今日が初めてフィジオの指導を受けてのリハビリ。固い床(玄関前の固いタイルのところ)で脚の筋肉を少しずつ動かして、筋肉を元に戻すような練習をやりました。そして脚の筋肉、膝の回復状況によって、軽いジョギングを始めるようになるでしょう。今は焦りは禁物、我慢の時です。
—手術費用はどのくらいかかったの?
フィダ 手術費は約6万ドル(約650万円)と、ベルン滞在2ヵ月間の諸費用です。安くはなかったけど……、完全復帰には他のオプションはありません。でも、これで完全復活を果たすことができる大きな希望ができました。医者からも「手術は完璧。あとは忍耐強くリハビリに取り組めば、アヤナは必ずカムバックできるだろう」と言われました。
—東京五輪での10000m連覇を考慮すれば、待ったなしのタイミングだったと思います。精神的にも大変だったでしょう。本格的なトラック練習はまだまだ先の話になるでしょうけど、2019年はダイヤモンドリーグ参戦、ドーハ世界選手権への出場意思がありますか?
フィダ 医者の意見を尊重して、焦らず、根気良く完璧にリハビリプログラムを消化して練習を継続すれば、意外に早く完全復活の走りができるのではないかと期待しています。現在はただ根気良く、フィジオに従ってゆっくり気長にリハビリに努力します。
—アヤナの完全復帰を祈っています。

 
(月刊陸上競技2019年2月号掲載)
●Text & Photos / Jiro Mochizuki(Agence SHOT)

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