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砲丸投世界記録 23m12への挑戦
その瞬間≠ワで忍耐強く
トーマス・ウォルシュ 男子砲丸投げ


ニュージーランドが誇る、2017年ロンドン世界選手権の砲丸投覇者のトーマス・ウォルシュ。昨年は世界室内選手権、英連邦大会、ダイヤモンドリーグ(DL)年間優勝の3冠を達成した。3月には自己ベストとなる世界歴代6位タイ(当時)の22 m67を投げるなど、安定した結果でシーズン終了。2年連続でニュージーランド全スポーツから選考される最優秀選手賞を獲得した。
 3月にオークランドで行われたSir Graeme Douglas Internationalでコンラド・ブコヴェツキ(ポーランド)に敗れて2位と今季の出鼻をくじかれたものの、招待出場した4月7日の豪州選手権では、21m91で優勝。まずまずのシーズンインを見せた。
 彼は頭の中でドーハ世界選手権の2連覇で弾みをつけ、2020年の南京世界室内と東京五輪の優勝、そして世界記録(23m12 /ランディ・バーンズ 米国/ 1990年)の更新というビックトリプル≠思い描いている。まだまだ伸び盛りの27歳。極限のパワーとスピードで数センチの勝負を繰り広げる砲丸投の世界にどっぷりと浸かっている。



砲丸投と円盤投の二刀流≠ゥらスタート
—2年連続、ニュージーランドのスポーツ最優秀選手賞獲得、おめでとうございます。
ウォルシュ 昨シーズンは、全体的に見て満足する結果だったよ。最優秀選手は非常に名誉なこと。今季はさらに昨シーズンを超える結果を出す努力をしていくよ。
—砲丸投の才能に目覚めたのはいつごろのことでしょうか。
ウォルシュ 僕の父親は元砲丸投、円盤投の選手だったんだよ。それもあって、投てきに興味を持ったのは早かった。確か、9、10歳頃に砲丸投と円盤投の試合に出場している。若い時は楽しんで競技会に参加したし、他の多くのスポーツ、例えばホッケーやクリケットなどもプレーしていたんだ。そういえば、シーズン中の半年を英国にクリケット留学してプレーしないかと誘われ
たことがあるけど、丁重に断ったよ。その頃はすでに砲丸投、円盤投で結果を出すことができたいたんだ。練習は週2、3回だったけど、U18の国内選手権に優勝して、09年イタリア(ブレッサノーネ)で開催された世界ユース選手権に出場するチャンスをつかんだ。円盤投は予選落ちだったけど、砲丸投では6位。この経験が、プロの砲丸投選手としての道が開かれる動機になったんだ。
—やはり父親の影響は大きいのですね。
ウォルシュ もちろん、多少はあったよ。でも、父はジュニア時代には砲丸投の国内選手権に優勝しているけど、陸上競技よりラグビーで活躍したよ。ただ、彼は毎年ニュージーランド各地で行われる砲丸投、円盤投、ハンマー投、50mの4種目競技会を創立するなど、陸上競技が大好きなんだ。幼い頃からいろんなスポーツを経験して、
高校を卒業してからクラブに入って本格的に砲丸投、円盤投を始めた。今日まで競技を続けてきたのは、ひとえに最初のコーチ、イアン・バイアードの教えが大きな要因なんだ。彼は常に多くのエネルギーとモチベーションを与えてくれた。いつも「なぜそんなこともできないのか」と言うのではなく、「どうすればできるようになるのか」を教えてくれるのがうまかった。投てきのパッションを伝授してくれたイアン・コーチのためにも、僕は今でも完璧な投てきを模索しているんだよ。
—2歳年下のジャッコ・ギル(ニュージーランド)の活躍は、あなたにどのような響を与えましたか。
ウォルシュ 日頃から常に言っているんだけど、ジャッコの存在、活躍なくして、今の僕がこのレベルで砲丸投を続けているということはないんだ。彼は若い年代から次々と驚異的な記録を出してきた。当時は散々にやられたよ。彼が15歳で、シニア規格(7.26kg)で16mを超えたのは衝撃だった。その時は僕以外に16mを投げた選手を知らなかったからね。僕が本格的に砲丸投をメインにして競技会に出場し始めた頃は、ジャッコに勝てなかった。それが次に向かう原動力になり、現在に至るまでとてつもなく大きなモチベーションになっている。彼に影響されているのは確かなんだ。ジャッコの存在もあって、ニュージーランドの砲丸投の選手層の厚さは日ごとに深まってきている。もし、僕がうぬぼれて練習で力を抜くようなことがあれば、たちまちジャッコが国内ナンバーワンのポジションを奪ってしまうだろうね。

多くの挫折を経験して成長を続けてきた
—これまで数々の実績を残してきましたが、逆にキャリアの中で、最も失望したのはどの大会でしょうか。
ウォルシュ 難しい質問だね。他のアスリートと同じように、僕にも数回の失敗経験がある。その中でも、昨年のゴールドコースト(豪州)で開催された英連邦大会の決勝は、最も大きな失敗だったと言える。予選は調子も良くて22m45。これまでの中で最高の状態だと感じたんだ。「これなら決勝はかなりいけそうだ」と思ったんだけど、決勝は自己記録に遠く及ばない21m41に終わってしまった。優勝こそしたものの、自分でもわかっていたように、もっと記録を伸ばせたはずだった……。試合後はまったく達成感がなかった。この失敗から、先のことを考え過ぎず、投てきそのものに全力を尽くすことが重要だという教訓を得ることができた。今では良い経験をしたと思う。他には、13年も悔しい思いをした。モスクワ世界選手権の参加B標準記録(20m10)をクリアしなくてはいけなかったのに、オーストリアのリエドでの大会で20m07、スイスのナットヴィルでは20m09と、あと1cmが足りなくて世界選手権に出場することができなかった。この苦い経験も忘れられない。
—あなたは世界記録の更新に近いアスリートの中の1人です。世界記録の23m12の数字はどのように感じますか。
ウォルシュ エキサイテッド! 気持ちが高揚するよ。いつの日か世界記録を破るんだという思いを隠したことはないんだ。自分は世界記録保持者になれると信じている。ただ、世界記録は破ろうとして到達するものではないとも思っている。狙って樹立できるというよりは、その瞬間≠ェ自然に訪れるんじゃないかって。だから、その時まで忍耐強く、努力を続けることが大切なんだ。
—17年のロンドン世界選手権の後、男子砲丸投では世代交代が始まり、あなたをはじめ、ライアン・クルーザー(米国、4月に世界歴代6位の22m74をマーク)らの若い世代が台頭しています。2人とも1992年生まれで父親が投てき選手という共通点があり、09年世界ユース選手権では、あなたが6位、クルーザーが1位。16年リオデジャネイロ五輪ではクルーザーが五輪新記録で優勝したのに対し、あなたは3位でした。ドーハ世界選手権、来年の室内世界選手権、東京五輪に向け、2人の激戦が注目されています。
ウォルシュ クルーザーと僕は、今後も故障さえなければキャリアに終止符を打つまで長いライバル関係になるだろう。昨シーズンは9回戦って4勝5敗。記録面でも、ほとんど並んでいるね(ウォルシュ22m67、クルーザー22m74)。これからの挑戦において欠かせない存在だし、彼の砲丸投に対する情熱は尊敬に値する。きっと彼も僕と同じような高い目的意識を持っているんだと感じるし、これは他のトップアスリートも同じなんだ。
—リオ五輪の時と比べると、結果、経験ともに大きな成長がありますね。
ウォルシュ リオ五輪での銅メダル獲得は、あの時点でベストの結果だった。僕にとっては力を出し切った記録だったが、悔しいことにクルーザーが優勝した。その経験も今のモチベーションの1つだね。砲丸投という種目は、プロアスリートとして素晴らしいライフスタイルを持つことがでる。僕は世界中を旅することが大好きなん
だけど、試合を通して素晴らしい友人関係を築いたアスリートたちと、一緒に世界中を回っていろんな経験ができる。自由な時間を持ってエンジョイすることもできる。ニュージーランドに住んでいれば、南北半球で年2回の夏を楽しめるしね!
—2019年はどのようなシーズンになりそうですか。
ウォルシュ 今年から東京五輪まで、キャリアにおいて最大のチャンスが迫ってくると思っているんだ。その絶好の機会をものにしたい。もちろん、他のアスリートも同じような考えを持ち、努力し、調整してくる。かつて、われわれが経験したことがないほど、戦いは熾烈なものになるだろう。僕はこれまで、何度となく重要なターニングポイントを経て、壁にぶつかって、それを超えることによってここまで成長してきた。敗戦もそうだし、1cm差で世界選手権を逃したのもそう。僕は相手が誰であろうと、負けるのは大嫌いだし、悔しいんだ!その悔しさを糧にして練習に精を出し、負けたくないからこそ努力して強くなってきた。そして、努力するにはもう1つの理由があって、それは、間違った見解を持った人を正すためだよ。僕が18歳頃、あるコーチが「お前は身体が小柄でパワー不足だ。砲丸が遠くに投げられない」と言ったんだ。多くの場合、人は自ら限界を設定してしまう傾向がある。それに、努力をしないで「限界だ」と言い訳の一つにしてしまうんだ。僕が結果を出すことで、それが間違っていることを証明したいんだよ。

 

 
(月刊陸上競技2019年6月号掲載)
●Text & Photos / Jiro Mochizuki(Agence SHOT)

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