大阪に2冠連勝をターゲット
ジェラミ・ウォリナー(アメリカ、23歳)は、稀にみる400mスペシャリストだ。04年、無名のクールな21歳の学生が室内NCAA、屋外NCAA400m、4x400m、USトライアル400mで優勝。その勢いを駆って、アテネ五輪で400m44秒00、4x400mでアンカーを務め2冠を制して世界を驚かした。続く、05年世界選手権大会にも400m、4x400mで2冠を制した。06年、400mでGL6戦6勝してジャックポットを獲得。およそ考えられるタイトルのすべてを4年半の短期で制覇した。06年ローマGLで自己新記録の43秒62、歴代4位の好記録を樹立した。この記録は彼のエージェント、現世界記録保持者のマイケル・ジョンソンがアトランタ五輪で優勝して以来、10年間の最速記録だ。かれは昨季サブ44秒の記録を3回達成。コンスタントにハイレベルなタイムを記録する実力を高めてきた。世界記録43秒18は、「化け物の記録」と言われてきたが、近い将来、ウォリナーは人類初の「サブ43秒」を出したいと言う。世界史上最強400mのスペシャリストも近い将来に誕生するだろう。
クライド・ハート自身が口説いたジョンソンの後継者
ウォリナーは、テキサス州のバイロー大学のウェイコ市(インディアンの部族名に由来する人口約12万人。)の大学生だ。市はバイロー大学を中心に広がり、360度、見渡す限り地平線まで平坦な広大な大地の一角にある。かれはこの大学の陸上競技クラブで、半世紀の長期コーチを勤めるマイケル・ジョンソンらを育てたクライド・ハート(72歳、現陸上競技部ディレクター)のリクルートで入学した。
ウォリナーは、非常に「クール」な、一見、取っ付きにくい印象を与える。かれのアイドル、マイケル・ジョンソンに、なんとなく似たタイプだ。ジョンソンもなかなか難しかった。ウォリナーはテキサスの田舎町の選手そのものだ。車が大好きな気さくな若者だ。そしてこのプロアスリートクラブで唯一の白人選手だ。ハートが手塩にかけて育てたジョンソン、彼の後継者ウォリナー、2人の体型は大きく違うが、腰が安定して身体が上に跳ばない。前半と後半のスピードもイーブンペースで走る。最後のカーブを曲がったホームストレッチでは、無駄のないスムースな走法でスピードがそれほど落ちない。そして、コンスタントにハイレベルなパーフォーマンスができる。周囲に惑わされることなく、徹底的にマイペースの男だ。昨年から同じクライド・ハートのコーチを受けて急激に進歩した、昨季女子400mでただ一人サブ49秒を記録したサンヤ・リチャーズも、同じような走法のロングスプリンターだ。ウォリナー、リチャーズら4人が、ゴールデンリーグ6戦6勝ジャックポット優勝を分けた。同じクラブから世界最高男女400m選手を輩出しているのも珍しい。
マイケル・ジョンソンは、ジェラミーの走りをアテネ五輪トライアルで見て強い印象を受けた。ジョンソンは「あの若さで五輪に優勝した精神的な強さ、競技に対する姿勢、生まれ持った肉体的なポテンシャルを持っている。わたしの記録を近い将来破るポテンシャルの持ち主だ。ハート・コーチからの指導で、わたしの持つ400m記録を更新して貰いたい。」と、手放しで惚れ込んだ逸材だ。彼の後継者の底知れないポテンシャルに、名コーチ、クライド・ハート、アシスタントにバイロー大学出身の元400m選手デオン・マイナー、練習パートナーのアテネ五輪4x400m優勝チ−ムの第3走者ダロード・ウイリアムセン(44秒27)、ウォリナー「英才教育」のエージェント業を展開した。
ウェイコから世界の頂点に
−高校時代でスポーツとの関わりは?
ウォリナー−テキサスで最も人気のスポーツは、なんと言っても「フットボール」(注:アメリカンフットボール)さ!(笑う)ぼくは足が早かったので中学、高校時代は、陸上競技、フットボール、野球に熱中したが、やはりフットボールが大好きだった。フットボールで大学奨学金を受けられるチャンスを失った時、クライド・ハート・コーチからバイロー大学陸上競技部の勧誘面接を受けて、陸上競技を本格的に始めるようになったのです。
−そのころ、バイロー大学、ハート・コーチなどについて知識がありましたか?
ウォリナー−いや、全く知らなかった。(笑い)が、いい条件のオファーを受けたし、コーチの話も納得できたので入学した。
−マイケル・ジョンソンについては?
ウォリナー−全く!大学入学前、ここの大学と関係あることは知らなかったが、アトランタ五輪でマイケルが優勝した瞬間をTVで見て、凄く感激したことは覚えている。
−本格的に陸上競技を始めてから、約4年半でアテネ五輪優勝しているが、自分の才能がそこまであることを認識していましたか?
ウォリナー−高校のコーチは、ぼくはフットボールより陸上競技向きだと言っていたが、まさかあそこまで短期間に成長するとは、ぼくを含めて誰も思わなかったのでは。しかし、これもコーチの指導下で猛練習した結果です。
−03年、あなたは400m最高記録が45秒13だったのが、アテネ五輪で一挙に44秒00まで記録を伸ばしてきた。その背景は?
ウォリナー−あの年はすべての面で成長した。大学入学当時はハムストリングの故障が多かったが、04年頃から身体も成長してきたので怪我も少なくなった。冬季練習も順調に消化できた。室内大会に出場した400m,4x400mの両種目でNCAA、屋外NCAA,トライアル、五輪を含めて取れるタイトルはすべて優勝した。コーチは日頃、いい結果を出すにはハード練習以外にない!と口を酸っぱくして言います。ぼくは彼の指導を100%信じて、献身的で、強い目的意識、集中したハード練習を続けてきたからです。それらのすべてがひとつにまとまり理想的な記録、結果が出たと思います。
−ここには400m選手が多いが、なにか特別な400m選手育成練習プログラムがあるんですか?
ウォリナー−他の選手の練習法などを訊くと、違いは600,500,300m走など、スタートから一定のスピードでフォーム、腕振りに注意して完走することです。(注:8x27秒、インターバル90秒だった。それが段階を踏まえてインターバルタイムを短くする。)インターバル練習で必ず独走、身体で習得することです。これは非常に実践的な練習法だと思います。同じような練習を毎週繰り返してます。
−あなたは世界最強400mランナーだが、フットボール「王国」でどの程度の知名度がありますか?
ウォリナー−一般的に、アメリカではプロ競技、例えば、フットボール、野球、バスケットボールなどが盛んで、国内で陸上競技は人気がありません。五輪以外にメディアの露出、TV放映がないからでしょう。この小さいウェイコなら、最近少しはぼくの顔を知っている人もいるが、それも稀です。この町を一歩外に出ると、ぼくが誰だか知っている人はいません。欧州に行けば競技場内、滞在先のホテルの前にサイン帳を持って大勢のファンが待機している。そんな光景はアメリカ国内ではありえません。
−ゴールデン・リーグのジャックポットなどもですか?
ウォリナー−そうですね。毎年欧州で開催されるGLの「ジャックポット」100万ドルの賞金が獲得できることなど、知っている人たちは陸上関係者ぐらいのもの。アメリカで陸上競技は学生レベルまでは盛んだが、プロアスリートが生活してゆく土壌が少ない。知名度は残念ながら非常に低い。
−ジャックポット優勝と世界選手権大会、五輪とはどのように違いますか?
ウォリナー−数ヶ月の長いスパンの中で開催されるゴールデンリーグは、すべて1発勝負。ちょっとのミスで負ければ「ジャックポット」に勝てるチャンスを失う。が、世界選手権、五輪などの大会は、予選、準決勝など失敗しても、最後の決勝レースで走りそのものを訂正、調整できる可能性がある。ジャックポットで勝つほうが難しいと思う。
−昨年、最後のベルリンGLでジャックポットの優勝がかかったレースのプレッシャーは?
ウォリナー−メリット・ラショー(アメリカ)、ガリー・キガヤ(コンゴ)らが、なんとかぼくの6連勝を阻む努力をすることは知っていたが、彼らを気にすることは全くなかった。ただ、自分のレースをして勝っただけさ。ラショーが最初の200mを自殺行為で突っ走ったが、ぼくは自分のペースを守っただけ。われわれはジャックポット、賞金のために走るのではないが、賞金はエクストラのモチベーションになっています。
−05年、ヘルシンキ世界選手権大会決勝で43秒93、06年サブ44秒3回、ローマGLで43秒62の自己新記録を更新していますが、今年の記録への挑戦は?
ウォリナー−昨年より成長している感じです。今年最大の目標は、ディフェンディングチャンピオンとして、大阪で2連勝を達成したい。昨シーズンは、結果的に高いレベルでコンスタントに44秒台前半から、43秒台で走れる力をつけることができました。昨年4月にいきなり44秒17が出た。この時期としては期待以上の記録だった。そのことからも成長がわかる。今年は同じ時期にミカエル・ジョンソンの大会記録43秒75を敗れないかと思っている。シーズン中に43秒台を何度も出せる力を持たない限り、このレベルで「フロック」で世界記録が出るようなことはありません。昨年より今年、記録への挑戦を続けて、世界のトップ選手と争う最高のステージ、世界選手権、五輪で世界新記録を出せるようにする。
−マイケル・ジョンソンと比較されるが・・・、どのように思いますか?
ウォリナー−同じコーチ、種目ですから比較されるのは仕方ないこと。マイケルは、われわれ400m走者としての「ロールモデル」(理想像)だ。彼のキャリア、イメージを追うことは極自然のことだった。マイケルのキャリアは歴史に燦然と輝くもの。これからぼく自身のキャリアを徐々に、段階を追って積み重ねて、マイケルのキャリア、記録に追いつき追い越し、史上初のサブ43秒を越えて後世に永く名を残すランナーになりたいと思っている。
−ジュスティン・ガタリンらのドーピング問題で陸上競技に影響がありましたか?
ウォリナー−あのスキャンダルは陸上選手にとってショッキングなニュースでした。陸上競技選手は「薬」で強くなったような印象がもたれるのはとても残念です。国内メディアで陸上競技が大騒ぎをする時は、ドーピングスキャンダルなど、消極的な報道が多い。メディアはもっと明るいニュースネタを取り上げることで、陸上競技の良さが理解されてゆくと思う。メディアの積極的な対応をお願いしたいね。強くなるために「薬」は必要ではない。目的意識を明確に持って、自分を信じて惑うことなくハード練習で強くなれます。
―ハート・コーチとは毎年の契約ですか?
ウォリナー−毎年契約しています。かれが引退するようなことは考えてもいない。クライド・ハート・コーチを全面的に信頼している。彼の指導は非常にシンプルでわかりやすいが厳しい人だ。例えば、陸上競技に100%専念、周囲の雑音に耳を傾けることなく目的意識、焦点を明確に持ってハードな練習をする以外に強くならないと教えられました。簡単だが長く実行するのが難しい。現在のぼくがあるのもコーチの指導を忠実に従ってきたからだ。かれなくして今のぼくは全くありえません。
−あなたのレースの特徴は後半に強い。それは作戦か?
ウォリナー−作戦と言えばそうですが、コーチは練習から基本的にイーブンペースで走ることを指導します。それは最も効率が良いからです。理想的に最初の200mを21秒か20秒08ぐらいで入り、後半を23秒で走りきる。これらの目標タイムをどのようにまとめることができるか、最終的なタイムの「キー」になるため、速く入ったり、遅れたりするのを最も嫌います。また、コンシスタントに高いレベルの結果が出ます。
−例えば、今日8x200mインターバルを90秒で行っていましたね。
ウォリナー−現在はビルドアップの時期。今日の200mの練習は、200mを27秒ペース、90秒のインターバルで8本x200mを行いました。基本的なポイントは、200mをスタートから同じスピードで走りきること。同じフォーム、スピードをキープすることがポイント。スピードの上げ下げは厳禁です。これは800,500,350,150m走の練習でも基本的に変わりません。レース中最もスピードを長く持たせる効率の良い走りです。
−あなたもコーチをしているとか?
ウォリナー−大学生にボランティアのコーチしています。将来、ぼくがコーチになった時、ハートコーチからのいろいろな指導が役に立ちますし、、実際、他の選手に教えることは非常にいい勉強にりますね
−オフのライフスタイルは?
ウォリナー−ぼくの日常生活は至って静かなもの。気分転換にセントバーナードの犬(名前はハイディ)を連れての散歩、趣味の車、手料理ぐらいなもの。車は改造したベンツ(S600)で特別なナビゲーション、凝りに凝った最高のオ−ディオを装備したものでドライブも好きです。友達が車改造専門ガレージを経営しているので、多分、トラックにいる時よりはそこで時間を潰しているほうが長いくらい。この車をドイツに運び、アウトバーンで思い切り走ってみたい。ここじゃあ、とても車のポテンシャルまでとばすことは不可能です。今ガレージでカスタマイズされているのはアーノルド(28歳)への贈り物。次は、今まで両親が経済的に面倒見てくれていたように、今度はなんらかの形で両親に恩返ししたい。子供のころから父親が1968年製のシェビーのスポーツタイプ「カマロ」のフォルムが素晴らしいと言っていたのを聞いていた。最近、その車をテストドライブして、凄く気に入りました。購入して父親にプレゼントするつもりです。ぼくがプロになって独立、陸上競技はぼくの人生を大きく変えた。今貸家に住んでいるが、近い将来家も購入したい。遠征で世界中を歩きいろんな人たちと交流できる。ぼくの現在あるのも両親のサポートがあったからこそ、好きなスポーツで素質を伸ばすことができた。両親に大変感謝しています。
−バカンスは?
ウォリナー−休みの日は、ウェイコはなにもないところだから家にいます。昨年、アテネ五輪後始めて、休養を取ることができたので、昨年12月にディズニーランドに1週間遊びに行ったぐらいですね。そして冬季練習が1月から始まりました。
−欧州に遠征中、観光しますか?
ウォリナー−時間がある時は観光名所、市内に散歩しますね。ぼくはビリヤードが好きなので、ホテル内でコーチ、マネージャー、選手と一緒にプレーします。
−ニックネームの「クッキー」の由来は?
ウォリナー−高校新人の時に最初の遠征の時、ぼくが新人で何もわからないし、からかうジョークの意味で3年生の先輩がつけたもの。
−練習中、楽しそうに話していますが、どんな会話が多いのですか?
ウォリナー−今日も練習仲間がぼくに冗談で「ジェラミはすでに終わった選手だ。今季から俺がジェラミに変わって頂点に立つよ!」たわいもない会話が多いですね。
−大阪世界選手権に向けての豊富は?
ウォリナー−大阪で400m2連勝の自信は100%ある。勝たなければならない。プレッシャーはあっても平常心を持って、レースに最善を尽くす努力、集中をする。やることをやれば勝てる自信がある。現段階での練習の成果を見ても、いろんな面で練習の成果がでてきている。
―ヨガをやっていると聞いたが効果ありますか?
ウォリナー―ヨガをやって早くなるかどうか、どのくらい影響があるかわかりません。ぼくは気に入っています。
−大阪で200,400mダブル出場がありますか?
ウォリナー−スケジュールが厳しくてダブル出場は不可能です。でも、今季は200m出場機会を多くして、どの程度まで進歩してきたかチェックの意味と、北京五輪でダブルの可能性も考えています。
−200mに好選手が多いと思いますが、今季欧州GP,世界選手権でも注目される種目です。
ウォリナー−そうですね。彼等と一緒に走りたい。ぼくの自己記録は20秒19.この記録は少なくとも更新できる自信があります。
−最初の海外レースはどこになりますか?
ウォリナー−多分、大阪GPの400mが最初でしょう。