shot
 
NEWS

ロンドン・マラソン、男子はマーティン・レル、女子は周春秀が優勝

ゴール時の気温は約20度。予想された高い湿度もそれほどではなかった。毎年、ロンドン主催者は、エリートランナーに4億円以上の豊富な資金を使う。にもかかわらず、新設の「5大マラソン」総合優勝100万ドル賞金のうたい文句も、主催者がもくろむ高速レースも、良くあることでビッグネームランナーが記録より勝負に徹して互いにけん制、タクティカルな走りに終始した。記録への興味はなくなったが、終盤のレースはそれなりにスリルがあった。近年、ロンドンはトップ選手のスプリント争いで勝負がつく。それでもハーフを62分45秒で通過した。40キロ地点通過は6選手の集団だった。05年優勝、昨年2位のマーティン・レル(ケニア、28歳)、初マラソンのアブデラヒム・グムリ(モロッコ、30歳)、連勝を狙ったフェリックス・リモ(ケニア、27歳)、世界選手権2連勝のジャウード・ガリブ(モロッコ、35歳)、昨年3位ヘンドリック・ラマラ(南ア、35歳)、世界記録保持者のポール・テルガト(ケニア、38歳)、が先頭集団で通過した。まず、テルガト、ラマラに余力がなく遅れ出し、ゴールまで約800mを残して、レル、グムリ、リモ、ガリブら4選手らのロング・スプリント争い。ガリブが一度仕掛けたが遅れた。ゴール直前での競り合いは、レル、グムリ、リモの3選手に絞られた。最後のコーナーを回る手前で、レルが抜け出し差を広げて2時間7分41秒、2年ぶり2度目の優勝を飾り、「人生で最も戦略的なレースをした!」と、膝を着いてガッツポーズを決めた。2位が初マラソンのグリム、3位がリモ、ガリブ4位、ラマラ5位、世界記録保持者のポール・テルガト(ケニア)は6位だった。また、初マラソンで期待されたライヤン・ホール(アメリカ、)が、アメリカ発マラソン記録を更新して2時間8分24秒で快走。昨秋のNYを制したマリルソン・ゴメス(ブラジル、)も2時間8分37秒で8位だった。ハイレ・ゲブレシラシエ(エチオピア)が、30キロすぎで胸を押さえて沿道のフェンスに体を預ける。少し歩いたが、再び苦しそうにひざに手を付いた。喘息状態の呼吸困難に陥ってそのまま棄権した。ゲブレシラシエ「故障ではない。なぜか呼吸ができなくなった。」と説明があった。好調を伝えられていただけに、優勝候補の脱落で、終盤の争いが薄れた。

3年前、マーティン・レルをエルドレット、ケニアで取材したことがある。ポール・タガートに憧れ、刺激され懸命に走り出したのが動機だ。03年ボストン3位、同年ニューヨークで優勝、05年ロンドンで優勝、昨年、自己記録を大幅に破る2時間6分41秒で、優勝したリモに2秒遅れで2位だったが、高速マラソンよりタクティカルレースで本領を発揮するタイプだ。通常のレースならレルの優勝タイムから2分早く走れるだろうと簡単に計算するが、あまりにも安易な計算だ。しかし、あの大人しい柔和な表情と性格に激しい勝負強さが隠されている。現在、ポール・テルガトの後継者として実力、キャリアともに最も近い存在の選手だろう。レルはレースをこう分析した。「昨年、リモより早く仕掛けて大きな失敗。その教訓を生かして、最後のスプリントに十分余力を残しておくことにした。今日は最後まで冷静に状況を見て、これまでのキャリアで最も巧妙なタクティカルなレースを貫徹。居並ぶチャンピオンを破って誇りに思います。」2位のグムリは、バルセロナ五輪10000m優勝者のハリッド・スカー(モロッコ)の招きでオスローで実力をつけてきた選手だ。5000m歴代11位の記録12分50秒25、10000m27分2秒62のトップトラックランナーだが、「トラックでは飯が食えない!」と言ってマラソンを始めた。4位のガリブは「勝つと思ったが、最後のスプリントに屈した」と、悔やんだ。このモロッコ2選手は、今季引退したロンドン99,01年優勝者、2時間6分46秒の記録保持者のアブデルカデール・エル・ムアジズが指導した成果だ。モロッコ代表は大阪に世界最強チームを送り込むだろう。

女子は昨年ドーハ・アジア大会を独走優勝した周春秀(中国、22歳)が、終盤36キロ付近でスパート。昨秋ベルリン優勝者のゲテ・ワミ(エチオピア、33歳)、世界クロカン優勝者のローナ・キプラガト(オランダ、33歳)らを振り切って2時間20分38秒で圧勝した。中国選手の同マラソン優勝は男女を通じて初めて。3位はベテランの粘りで落ちてきた選手を拾ったコンスタンティナ・トメスキュ−ディタ(ルーマニア、37歳)、4位サリナ・コスゲイ(ケニア)、5位ローナ・キプラガトだった。東京で練習する「走る外交官」マーラ・ヤマウチ(セカンドウィンド、34歳)が2時間25分41秒で6位だった。シカゴを制したベルハナ・アデレ(エチオピア、34歳)は途中棄権した。大阪世界選手権代表選手の嶋原清子(セカンドウィンドAC、31歳)も、2時間26分14秒の自己記録更新を狙ったが、25キロすぎで過呼吸に陥りストップ。「身体がずっときつく、いい状態で臨めなかった。途中で目がチカチカしてきた。ゴールまで行けなかったらどうしようと思ったら、過呼吸になってしまった。」8度目のマラソンで初の途中棄権に終わった。指導する川越学監督(44歳)によると、練習中から貧血気味の状態が続いていたという。新クラブを設立した同監督とともに今春で資生堂を退社。移籍が重なり、十分に高地トレーニングが積めなかった影響もあったようだ。



周春秀選手のコーチは「賞金は中国五輪協会が40%、60%を選手とコーチが分配する。ぼくが「中国五輪協会がなぜそんなに賞金を持ってゆくのか?」「それは取り過ぎる!」と言うと、笑っていた。この監督、コーチ、周選手らは、恒例の月曜日のポストレース記者会見に、通訳が「昨夜伝えた。」と言っていたが、早速買い物に出かけて一時行方不明、記者会見に2時間以上遅れた。周春秀「来春、ポーラと一緒に競争、北京五輪前哨戦で本番前のテストをしたい。ポールは素晴らしいランナーだ。彼女は世界記録保持者。わたしとの差はかなりあるが、彼女を目標。学ぶことがたくさんあるはずだ。」と言った。暑さに強い周選手の快走は、ポーラ・ラドクリフの地元で強烈なインパクトを与え、早くも周選手の大阪世界選手権、北京五輪の優勝を予想するものも出た。いずれにしても、周春秀の台頭は、北京五輪で3連勝を狙う日本勢の前に大きく立ちはだかる存在に成長してきたのは間違いない。

 
(07年月刊陸上競技誌6月号掲載)
(望月次朗)

Copyright (C) 2005 Agence SHOT All Rights Reserved. CONTACT