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全米陸上 男子100M、200M

男子100M 〜ゲイ、2次予選で9秒77の全米新記録、決勝は追い風4.1mながら人類最速の9秒68〜

「強い、速い」、アメリカのスプリンター王国が甦る。世界選手権2冠タイソン・ゲイは、2次予選で世界歴代3位の9秒77(追い風1.6m。これまでの記録は、モーリス・グリーンの9秒79。)の米国新記録を樹立。次の6月29日、準決勝を9秒85を記録して1位通過。立錐の余地なく埋まった2.5万人の観衆が固唾を呑んで見守る中、男子100m決勝が行われた。

第4レーンのゲイは、スタート一歩からスムーズな前傾で飛び出す。30mで早くも1歩リード。中盤から後半にスムーズに加速して大きくリード。そのまま無表情にゴール。一瞬後、電光掲示盤に出た「9秒68」に観衆は大きくどよめいた。観衆は万雷の拍手、スタンディングオベーションでゲイの歴史的快挙を称えた。追い風4.1メートルの参考記録ながら9秒68の「史上最速」タイムで五輪出場を決めた。これまでの追い風参考を含めた最速タイムは、96年にオバデレ・トンプソン(バルバドス、シドニー五輪100m3位。マリオン・ジョーンズの夫)が追い風5.0メートルで記録した9秒69だった。「幻の世界記録」となったが、追い風参考記録を含めた人類最速タイムであることに変わりはない。

「リラックスして最後まで全力で、予選時のようなミスをしないように走りぬけた。代表になることが重要でも、長いこと競技をしていると追い風がどのくらいなのか感覚でわかる。9秒68は追い風参考記録になることはわかっているが、失望はしていない。この意味は非常に大きく、自信になる。コーチのジョン・ドゥラモンドから9秒6台で走れると言われていたので、頭の中には9秒6台があった。しかし、身体がよくもあんなスピードで走れたもんだね。気持ちよかったよ。ウイニングランの時、ハムストリングが吊ったのが少し心配だが・・・、200mでもあの調子で走りたいものだ。」

レースが終わってみれば、ゲイの鮮烈な印象を強く残したが、1次予選4組で出場したゲイは、あわよくば予選敗退寸前の失態だった。スタンドから失笑さえ漏れた屈辱だった。ゲイは前半で大きくリードを奪ったが、勝利を確信してなんと70m付近から流しはじめて、ゴール前で次々に追い抜かれた。慌ててゴールに駆け込んだが、自動的に2次予選進出が決まるぎりぎりの3位(10秒129)と同記録10秒131で4位で辛うじて通過。(5位のザビエル・カーター(10秒133)記録で拾われて2次予選進出)ゲイは「ゴールした瞬間、通過できないと思って泣きそうになった。」と言っている。彼も、一瞬だが生きた心地がしなかっただろう。

その反動からか、追い風1.6mの絶好の気象条件に恵まれた2次予選で、モリス・グリーンが1999年アテネGPで樹立した米国記録9秒79破る9秒77をたたき出した。「今度は最後まできっちり走ったよ。」と、笑わせた。5月31日、NYGP でウサイン・ボルト(ジャマイカ)が樹立した9秒72の世界新まで0秒05差に迫った。決勝後、ジャマイカ選考会でボルトが向かい風の中後半流したにもかかわらず9秒85で優勝。それを訊かれたゲイは、「ボルトは世界記録保持者。ぼくは追う身だからそれほどプレッシャーはない。お互いに五輪優勝が最大のモチベーションだ」と、五輪優勝しか念頭にない。

海を隔てたアメリカとジャマイカの「スプリント王国」のゲイ、現世界最速男ボルト、前世界記録保持者のアサファ・パウエルの三つ巴の熾烈な争いは、五輪を目の前にしてさらに拍車が掛った。

男子100M 〜2位、ワルター・ディックス、3位、ダーヴィス・パットン〜

ディックス(22歳)は、高校生の時から注目された逸材。昨年全米で100m3位ながら大学の補習授業を優先して世界選手権を欠場したとか。07年NCAA100,200m2冠優勝。自己記録を大幅に破る9秒80でゲイに続き2位。200mでも史上7位の19秒69の持ち主だ。「これまでのように緊張して硬くなるようなことはなかった。総てが瞬間的な出来ごと。スタートからゴールまで自分のスタイルで走っただけ。掲示板で見たタイムに驚いた。五輪ではベストを尽くしてチームに貢献したい」

3位のパットンは「3位になったのはハード練習が実を結んだ結果。神に感謝したい。今季はいつもよりコンスタントな結果を生んできた。特に、ウェイトトレーニング、スタート練習を重点的に行ってきた。この調子で五輪で勝負したい。五輪でもメダル獲得のチャンスは十分にあると思う。」

尚、ジェフ・デンプは、2次予選1組でタイソン・ゲイと走り10秒01で2位。全米ジュニア、全米高校新記録、ダーレン・ブラウンの持つジュニア世界タイ記録を樹立した。

男子200M 〜ゲイ、痙攣で棄権のアクシデント〜

5日、男子200m2次予選最初の組のタイソン・ゲイは7コース。号砲とともに快調に飛び出したが、40m付近でタイソンが空中に跳ね上がり1回転してトラックに叩きつけられた。満員の観衆から大きな悲鳴から巻き起こった。競技場内のだれもが、目の前のアクシデントに自らの眼を疑った。両手で左太ももに手をやり苦悶で泣き出しそうな表情だ。レースは中断。やがて運び出されて救急車で入院した。アメリカ陸上界を背負うスター選手のゲイは、この時点で五輪100,200m、4x100mの3冠獲得の夢が消滅した。

全米兼五輪選考会の短距離は、五輪以上に熾烈な戦いだと言われる。重圧と戦い極限まで調整する身体は、しばし過敏な反応を起こす。ゲイは100m決勝後のウイニングランで「ハムストリングに軽い痙攣が起きた」と協会から発表があった。精密検査を受けた結果、左太ももの裏の「軽度の張り」で練習再開までに約2週間掛ると診断された。この事故がゲイに与える微妙な心理的影響は計り知れない。ゲイはロンドンGPでジャマイカの雄アサファ・パウエルとの対決を予定している。口の悪いジャーナリストには、「五輪100,200m2冠はジャマイカ選手有利」とまでささやかれた。この種目で優勝したのは、ゲイと練習をするワルターディックス。アテネの覇者ショーン・クロフォードと激戦の末、制した。

男子200M 〜ゲイ練習パートナー、ディックス、アテネの覇者を制す 〜

ウォルター・ディックは、05年NCAA 100m、06,07年100,200m2冠に輝く史上「最強学生スプリンター」の名を引っさげて登場。猛牛を連想させる「弾丸」の走りで100m2位。一緒に練習するタイソン・ゲイを大喜びさせた。200m優勝記録は、自己記録19秒69の更新はならずとも立派なもの。決勝では、今季見事に復活して予選から快調に飛ばしたアテネ五輪の覇者ショーン・クロフォードに19秒852,19秒857の1000分の5秒差で競り勝った。「これほど興奮したレース経験、凄い雰囲気の大会は始めて。ゴール直前に足が軽く吊ったが、なにもなく走りきれた。事故もなく2種目で代表参考されて大変に嬉しい。ベストの状態で五輪に望み,金メダルを獲得することがぼくの目標です。リレーも走るだろうが、個人種目が先決問題。」

クロフォードは「カーブの走りは良かったが、ホームストレッチの後半で自滅した。4年間トップを維持するのは大変だった。五輪で2連勝が目的だ。その自信がある」

ゲイ不在の決勝だが、クロフォード、3位になったスペアーモンの3選手が代表入り。ジャマイカのボルトとの対決は興味深い。

 
(08年月刊陸上競技8月号掲載)
(望月次朗)

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