世界の主要マラソン大会を独占、実績は世界一のマラソンコーチ、クラウディオ・ベラルディ クラウディオ・ベラルディは、トップレベルでのスポーツ経験が皆無の若干29歳の世界一のマラソンコーチ。かれの指導した男女選手が、数々の世界主要マラソン大会で優勝した実績が証明する。04年、ミラノ大学スポーツ科学の学生のころ、マラソンコーチの先駆者ガブリエラ・ロザのアシスタントとして、ケニアの合宿所で選手らと寝食を共にしながら始まった。そして、驚くほど短期間で驚異的な成果を上げている。「ロザは世界一のマラソンコーチだ」と、かれの影響力を隠すことなく尊敬して止まないが、3年前から、ロザの基本的な練習プログラムに独自のアイディアを加えることで、中距離、マラソンで飛躍的な結果を残している。自ら指導した選手が、初出場の大阪世界選手権の男女800mで優勝。北京五輪女子1500mで優勝、女子800mで2位、男子800mで3位。「鳥の巣」スタジアムの最前列席で選手を迎えて、涙を流して喜んでいた。07,08年の世界主要マラソンの実績が凄い。ロンドン2回、ボストン1回、NY2回、シカゴ2回、アムステルダム、ミラノ、ハンブルグ、東京、2年連続5大マラソン年間最優秀選手賞など獲得している。クラウディオ・ベラルデリの辞書には、予測が難しいマラソンですら、あたかも「不可能」という言葉は存在しないようだ。 ケニア在、プロ選手育成スペシャリスト イタリア人のガブリエラ・ロザの最大「プロ」キャンプ地は、ケニア西部のカプサベットだけでも約20人の契約選手がいる。ナイロビ西南の郊外のンゴング、サミュエル・ワンジルの出身地ニャフルルにもキクユ族選手の合宿所が設けられているが、そこには専任コーチはいない。日常、エルドレットの現場で直接コーチしているのはクラウディオだ。かれはミラノ、ホノルルマラソンに向けてダンカン・キベット、エリアス・ケンボイ、ベンジャミン・キプロキチらの若手トリオらと、連勝が掛ったシカゴを故障のため調整が遅れ、急遽ホノルルにターゲットを変えたベテランのパトリック・イヴティが一緒に調整中だった。また、北京五輪で脚の故障、マラリヤ、アミーバー菌で体調が悪くて5位に終わったマーティン・レル(2時間5分15秒)は、故障上がりで軽めの練習だった。ベルリン2位だった遅咲きのジェームス・クワンバイ(2時間5分36秒)、07年デビュー戦のミラノ(2時間9分15秒)で優勝、昨秋シカゴ(2時間6分25秒)でも優勝した、急成長のエヴァンス・チェルイヨットらは、恒例の大晦日に行われるサンパウロ15mの向けて調整中だった。現在、ロンドン、ボストンに向けて調整中だ。 アフリカの朝は早い。全員が6時前後に起床。集合場所に集まってくる。赤道直下でも高地2400mの早朝は、気温が7度ぐらいまで下がる。その日の練習プログラムによって、急斜面、起伏、路面が異なるな多様なコースを使い分る場所はいくらでもある。契約選手といつかは契約選手に昇格を夢見るブッシュランナーとよばれるランナーらも一緒になって走る。午後は自主練習に任せる場合が多い。クラウディオは、朝夕の練習に車で並走しながらGPSで正確な距離を測りタイムを取る。また、買い物、選手のマッサージ、秘書との細かい打ち合わせなど、1日15時間以上働いている。 マラソンの世界も弱肉強食の世界元医者のガブリエラ・ロザは、長距離選手育成クラブ、ミラノマラソン主催者でもある。長男のフレデリコも医者の資格を持っているが、現在の本業はエージェント。次男も医者でブレシアでスポーツクリニックを開業している。一家総出でロード、クロカン、トラック、マラソン選手育成、マネージメント、選手の体調管理、レース開催など、一貫した総合的な「ビジネス」を経営している。長距離選手の育成は、市場の「需要」に応え選手を「供給」する。慈善事業ではない、純然たる利益追求のビジネスだ。この点、企業の恩恵を受け、会社のPRなどの一環として活動する実業団陸上競技部のサラリーマンランナーとは根本的に違う。かれらは、年2回のマラソン出場とハーフか数回のロードレースが仕事だ。 ロザは、ケニアランナーの「質素」に目をつけていち早く現地に合宿所を建設。ケニアマラソン育成に多大の貢献をした人物だ。現地でクラウディオが契約ランナーを育成、調整。息子のエージェントが主催者の予算と条件に応じて、世界中のレースに選手派遣するシステムが確立されている。「長距離の宝庫」と呼ばれるエルドレットには、長距離で財を成した人が多い。大農場を持つイブラヒム・フサイン、ビジネスで大成功したサミー・コリル、モーゼズ・タヌイらなど枚挙にこと欠かない。しかし、長距離の世界もサバンナの動物と同じで「弱肉強食」の世界だ。強いものが富、名誉を獲得する。カレンジン(エルドレット周辺の部族を総称して呼ぶ)のだれもが、そう簡単に世界的なランナーになれるわけではない。現実には、厳しい練習、結果が伴わなければ金にはならない。ロザの後を追って、オランダ、ドイツ、イタリア、イギリス、アメリカ人らのエージェントらも、選手育成キャンプを設立したが、クラウディの成果には足元にも及ばない。バーレン、カタールのように、元ケニア選手が中東国籍に変えた選手も多い。クラウディオの元教師だったカタール陸連の長距離ヘッドコーチ、レナト・カノヴァ(イタリア人、現3000mSP世界記録保持者のサイード・シャヒーン、大阪世界選手権男子マラソン2位のシャミ・ハサンらのコーチ )らが、やはりエルドレット中心に活動している。 世界に目を向けて自分の才能を生かすこれまで日本は伝統的に世界最強マラソン王国の一角との自負があったが、近年、男子マラソンの凋落振りは目に余る。まさに風前の灯だと言っても過言ではないだろう。国内レースさえ優勝できず、外招待選手の引き立て役。国内3大マラソンで優勝したのは、04年福岡の尾方、05年東京の高岡だけの寂しい限りだ。マラソン衰退に拍車を掛けるように、近頃では中学生からトラック、クロカンより駅伝嗜好が始まり、高校、大学、実業団と、次第に強くなってゆく傾向が見られる。今の高校、大学、実業団の長距離環境そのものと、指導者の多くが駅伝嗜好に傾いているからだろう。実業団の指導者は、マラソンで大成する選手が少ないので、会社へのクラブ存続アピールに駅伝のほうが近道、効果的と考えるのも、以前よりはるかに強い傾向になっているとか。最長でもハーフマラソン程度の距離を走る駅伝は、マラソンと比較すると楽なレースだ。たぶん、その頂点に来るのが箱根駅伝だろう。関東学生のローカルな駅伝大会が、これだけ高視聴率が稼げるTV用番組になると、狂騒的な雰囲気の中で行われるは不思議ではない。たいした選手でもないのに、大学も学費免除の小遣いつき、企業も契約金、一説には佐藤悠基や竹澤には5000万円〜1億円にも及ぶとか、女子でも3000m9分40秒以内なら契約金対象になる甘い環境になっている。とてもクールに物事を思考できるものではない。03年パリで中国電力の坂口監督から「実力が全くともはない選手で、箱根駅伝でちやほやされスター扱いされるが、実業団の練習についても行けない。佐藤、尾方らをマラソンに向けて洗脳するために2年掛った」と聞いたことがある。学生は、世界に目を向けて自分の才能を生かすことをしなければ、狭い小さな価値観の中で、4年間の短期間で肉体・精神的に燃焼するか、目的を失い消えてゆくのが大半であろう。箱根駅伝は、世界に通じるランナーを出すのが本来の目的で作られたが、今では世界に通じる選手の登竜門どころか、むしろ有望な多くの選手を潰してきたレースでもある。 コーチの調整失敗は許されない昨年、福岡マラソンのレース前後のコメントを読んで驚いた。入船は、「先に仕掛けて失速する展開が続いたので、記録よりは日本人最上位。」しかし、目的は果たしただろうが、勝負を掛けた35km以降はスタミナ切れで課題は残る。藤原は、ペースが一定せず、不安定な走りだった。佐藤は、「今夏2度60km走など徹底して走り込んだ。いいレースをしたい」、宗監督は、「今はマラソン、10000mのどちらでも自己新記録を出せる状態。波に乗れば大幅な記録更新を狙える」と言いながら35kmで足が動かなくなった。松宮は、「スピード強化に努めた。ロンドン五輪で世界と戦うためにも、世界選手権を走りたい。先頭集団につき、粘りたい」と言ったが35kmで足が動かなくなってしまった。日本選手の4人が一様に、終盤で「脚が動かなかった」と告白。距離に対する脚ができていなかった。いずれにしても、4選手のレース前後の食い違う言葉は一体なにを示すのだろうか。マラソン5回目のツエガイ・ケベデに一度も絡む場面がなく北京五輪に続く惨敗。ケベデに後半10kmで3分以上の大差をつけらまたも惨敗した。世界との差を思い知らされた。 ロザは自ら主催するミラノマラソンをワンランク上げるため、クラウディオに優勝記録を「7分台」の選手を送り込むことを依頼してきた。そこで若手の契約選手である伸び盛りのキベット、ケンボイ、キプロキチらを選んで3ヶ月前から練習開始した。クラウディオはレース2週間前の練習後、「ぼくの仕事は完了した」と言って、「多少の寒さ、雨などは問題ないが、心配は風と事故だけ」と前置きして、3選手の予想記録を予告した。そのすべてが見事に的中した。キベットが2時間7分53秒で優勝、2位は2時間8分39秒のケンボイ、調子が今ひとつ上がらなかったキプロキチは2時間13分17秒で5位だった。続く12月、故障が長引き、2連勝を掛けたシカゴを回避してホノルルに向けて調整したパトリック・イヴティも、豪雨の中2位に3分以上離して2時間14分35秒で圧勝。サンパウロ15kmでは、クワンバイ、チェルイヨットらが1、2位を独占した。このようにキチンと結果を出している。予想がすべて的中して驚くと、クラウディオの説明はこうだ。「ぼくの重要な仕事は、最高の調整で選手をレースに送り込み、結果を出して「いくら」が本業です。この仕事は、選手はもちろんのこと、レース主催者、会社、各種のスポンサーなどにいろんな形で重大な責任が掛っている。結果が悪ければ、会社、選手の収入にたちまち響くので、優勝か悪くても上位の確率の高い調整を要求されます。ある一定の目標タイムに向けて練習をするので、病気、事故さえなければ結果はおのずから読めるものです。コーチが選手のコンディションを読めなければ、失格ですよ。(笑う)サンパウロ15kmレース(?)勝っても大したレースではないが、選手らのいい収入になっただけ。 周囲は驚いていたが、ぼくは五輪前にコーチした選手がどの程度の活躍ができるか予測できたこと。病気だったので棄権を薦めた不調のレル、それでも5位だったのは凄いこと!調子が良かったら問題なく優勝したはずだ。予想通りの活躍をして6位のヴィクター・ロスリン(スイス)。だれもが予想しなかった女子1500m優勝のナンシー・ラガット、女子800m2位のジャネット・ジェプコスゲイ、男子800m3位のアルフレッド・キルワ・イェゴ(注:クラウディオは、ケニア陸連史上初の外国人コーチとして五輪合宿に参加した)らの活躍は、ほぼ予定通りの結果です」 日本は豊かな長距離ランナー資源国「名選手、名監督にあらず」とは良く言ったもの。往年のマラソン名選手、宗兄弟、瀬古、伊藤、喜多、中山、谷口、森下らの蒼々たる歴戦の豊かな経験から指導者になったものの、強いて言えば、なぜか伊藤国光を除いて自らのマラソン記録を越えた選手らを育てた監督は少ないのが不思議だ。 「ハングリー精神」の欠如などと、いかにもそれらしく簡単に済ましたくない。駅伝隆盛の影響か、危機感に乏しい温和な環境なのか、高い目的意識を培養する土壌が薄れてきているのか、確かことは世界に日本男子マラソンの影が薄くなったことだ。一度途切れた伝統を復活させるのは容易なことではない。今のように駅伝が主流の花形競技として持てはやされる環境で、マラソンのきつい練習に身を引く傾向、手っ取り早く楽な駅伝になびくのは時代の流れかもしれない。宗兄弟、瀬古、中山、谷口らが現役のころ、「駅伝はマラソンの練習の一環」と言って楽々と走っていたが、今は駅伝からマラソンの傾向では、まともにマラソンを走れる脚力も精神力も薄れている。 悲観的材料ばかりを列挙したが、日本もまだまだ捨てたものではないものがある。多くのケースが駅伝要員の需要からだろうが、10000m28分台のランナーが130人ぐらいる。10000m28分台は、形としては立派な駅伝要因だ。突出した選手は皆無だが、頭数だけはいる。典型的な日本人好みの中流思考なのか、世界にも稀に見る長距離ランナー資源国ではある。問題は、陸連を始め、長距離指導者らが一丸になって、伝統のマラソン衰退に危機感を持ちながら、方向性を決めてマラソン再構築する環境作りが重要なことだろう。どうなるのか心配するのではなく、せっかくもっている潜在的な力を自覚し、どう活用していくのかを実行することだろう。 マラソンは長距離の延長でもあるが、マラソンはマラソンでもあるヴィクトー・ロスリン(スイス、35歳)の活躍を例にとってみよう。少なくとも2年前まで、かれの自己記録は、5000m13分40秒28、10000m28分22秒53、ハーフを62分16秒マラソン2時間11分14秒の日本選手と変わらない記録だった。長年トラック、クロカン経験があるが、マラソンの記録は、いくら努力しても一向に伸びなかった。クラウディオの指導を受けたのは大阪世界選手権の4ヶ月前。大阪世界選手権で尾方を抜いて3位。08年東京マラソンで自己記録を大幅に破る2時間7分23秒の記録で圧勝。北京五輪で6位になった。クラウディオは、かれの成長をこう説明した。「マラソンにはふたつのタイプ、Intensive(スピードランナー),extensive(持久力ランナー)があると思う。ケニアでもマラソンはトラックの延長にあると思っている人が多い。スピードがなければ大成しないと言われている。それも一理あるが、持久力でそれなりの結果を出したヴィクトーのケースもあるわけです。トラックのスピード不足だからといって、マラソンを諦めることはないでしょう。かれが最初ここにきた時、全然ケニア選手のスピードについて行けなかったが、持ち前の努力で差を徐々に詰めてきた。かれの特性を生かす練習プログラムで、3,4分台の記録は難しいと思うが、6分台の可能性は十分あります。10000m28分そこそこの選手ならば、一概には言えませんがポテンシャルとして、6分台を記録することはできるでしょう。例えばマーティン・レルは、クロカン、トラック経験は全くないロードスペシャリスト。かれを直接コーチし始めたのが07年の初め。ハーフの記録が60分49秒とそれほど早くはないが、走行距離を落としても、練習内容に質を高めることで記録を伸ばしてきました。ロスリンと同じくスピード維持力がずば抜けている。そこがポイントです。できれば来秋ベルリンで、ワンジルと競って世界新記録を狙う予定です。 ケニア選手のコーチは思った以上に難しいクラウディオは、ケニアでコーチ体験を面白おかしく聞かせてくれた。ある著名なイタリア人の同業者が「ケニア選手で結果を出すのは、だれにでもできる容易なこと」と、皮肉った。現実を全く知らない。ケニアでは、だれでも凄いランナーだと思っている人が多い。ここでコーチするのは、想像以上に大変なこと。ランニングはもちろんのこと、人生相談、前借の無心なども含めて日常生活の細部にわたって関わらなければならない。言葉や文化の相違だけの問題ではない。どこの世界でも競技で大成する条件は、才能より、高い目的意志で競技に専念、努力する人だけが残ります。朝夕の数時間の練習だけではない。需要なのは練習以外の余暇をどのように過ごすかも大切なこと。夜遊び、睡眠不足、酒飲みなど、不摂生はたちまちに悪影響を及ぼす。一時期的な成功はするだろうが、長期的に世界のトップクラスをキープすることは難しい。だが、徹底的に管理をすると、反発意識を増長させて、潜在的能力を潰すので、その兼ね合いが微妙で難しい。6分台はさほど難しくはないが、5分台突入は、ひとつの壁があってなかなか難しい。 朝夕方の1日2回、休みなく朝夕共に量より質の高い練習がある。ゆっくり長く走っても意味がないと考えるので、練習の質を高める。「質」とは、レースに最も近いスピードか、それ以上のスピードで走る能力を養うことだ。練習の終盤は必ずスピードアップして終了することは大切だ。とかくグループで走ると、いつの間にか競り合って潰しあいを起すので注意しなければならない。選手に口を酸っぱくして伝えるのは、「自分の身体に聞け!」身体がどのように「感じる」か、覚えておくことが大切。それができないと、レースになって自分の走りを失ってしまいます。練習のバリエーションはもとより、コースの選択などは、練習ないよう、選手の体調によっても変えます。 理想のレース準備期間とポイント通常、われわれはレース前4ヶ月前から始まる。エルドレットは、2000〜2400mの高地。高地練習以外に、われわれの練習環境は考えられない。高地練習に適合しない人は100人に1人ぐらい。数週間の高地練習なら疲れに来るだけで、3〜4ヶ月ぐらいの期間で高地練習が最も理想的だろうと思う。だろうと思っている。 最初の1ヶ月はビルドアップ。1ヶ月間の走行距離は約600km。例えば、短い距離のスピード練習、400,1000,2000mを有効的に使う。ファートレク、例えば、30秒ダッシュ、約30秒スローの繰り返しを35回。次に45秒ダッシュ早く、1分間スローの繰り返しで20回。時には長い緩やかな登坂で50秒ダッシュ、50秒インターバルの連続で1時間15分走などで心拍機能の上達、スピードをつけるのが目的。 3ヶ月目は、徐々にマラソン専門練習に入る。例えば、ダンカン・キベットがミラノマラソン2ヶ月半前の練習は、9種類の高速練習、2x38km、3x35km、4x30kmのロングランランと、スピードで2x2時間15分(マラソンレースの90%のスピード)かなり起伏のあるところを走る。ダンカンはここで30kmのオフロードのコースを1時間35秒40で完走。これは高地2000mで1km 3分14秒ハイペースだった。 ヴェロニック・ビラート(フランス)は、マラソンを科学的な分析をした結果、トップの白人ランナーの場合、全体の18%はレースより早くいスピード、8%はほぼレースに近いスピード、78%はレースより遅いスピード行うと分析している。 |
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