shot
 
NEWS

日本ジュニア女子団体銅メダル堅守、シニア女子個人、清水18位の健闘
エチオピア勢個人3種目、1団体優勝

中近東は世界の「火薬庫」とまで呼ばれる。ヨルダンは地理的な立地状況から、政治、宗教的な紛争から数知れない戦火を体験してきた国。人口わずか600万未満の大部分が砂漠か半砂漠化した国だ。この小国を取り巻く国々の政治的な影響に、国の存続がこれまでなんども大きく左右されてきた。北にシリア、イランのバックアップするヒズボラの影響力が強いレバノン、東にイラク、南にサウジ、死海の対岸、聖地ヨルサレムなどと隣接するイスラエル、ネゲフ砂漠の向こうにハマス勢力が強大なガザ地帯がある。おおよそヨルダンはサッカーはともかくとして、陸上競技不毛の土地といっても過言ではないだろう。現ヨルダンの国王の叔父、同国五輪会長を務めるフェイサル・アルフサイン皇太子が提唱する、スポーツで世界に「平和」をと、国際的なスポーツ大会を招聘している。3月28日、第37回世界クロスカントリー選手権大会が、首都アマンの郊外のビシャラ・ゴルフ場に特設されたコースで開催された。ケネニサ、タリク・ベケレ兄弟を始め、ティルネシュ・ディババらのスーパースター不在の大会になったが、寒さを吹き飛ばす激走が随所に展開された。日本選手の主な結果は、女子シニアで清水裕子(積水化学)が18位、女子ジュニアで伊澤菜菜花(豊川高2年)が17位、また、女子ジュニア団体戦で2年連続通産17回目の銅メダルを獲得した。


女子ジュニアレース 〜ゲンゼベ・ディババ2連勝、日本団体戦3位を堅守〜

:スタート:14:30、参加27カ国、選手99名
:距離6000m(200m+1x1500m+2x2000m+300m)

残り1周を残して、ゲンゼベ・ディババ(エチオピア、18歳)とメルシー・チェロノ(ケニア、17歳)の一騎打ちの激戦になった。最後の1周2kmコースで、長い下り坂を降りて平坦なコースを走る。残り1k地点でディババがやや遅れ、チェロノが1歩リード。平坦から徐々に上り、観客前を通過する付近からゴールまでの300mの急斜面になる。高低差40mにもなる登りが最も長い急斜面。ディババは、待ち構えていたように切れるスパートで一挙にギャップを広げてゴール。優勝タイムは20分14秒。2連勝を飾ったディババは、「姉エジャガユ、ティルネッシュは参加できなかったが、TV画面の前で応援している。昨年の優勝よりこんなきつい、タフなレースに勝って大変に嬉しい。ホントにきつかった」と、連勝を決めた喜びを語った。2位は3秒遅れのチェロノ、「レースはタフだった。2位だったが来年優勝を狙う。このメダルは応援に来てくれた父親に捧げたい」、3位のジャクリン・チェプンゲノ(ケニア、16歳)は、「最初の世界クロカンに出場して、メダル獲得したことは幸運だ。団体戦優勝に貢献できて大変に嬉しい。わたしの目標は来年のジュニア世界選手権5000mで優勝することです。」と語った。日本女子選手の最高位は、伊澤菜菜花(豊川高2年)が21分27秒で17位だったが、アフリカ勢を除くと4位だった。

団体戦でも優勝争いはエチオピアとケニア。この両国が18ポイント獲得したが、4人目のケニア選手の順位が7位、エチオピア4人目の選手が8位で団体優勝はケニアに決定。ディババは個人、団体優勝とも昨年に続き2年連続2冠獲得。この種目でエチオピア人初連勝。史上最強ジュニア選手となった。日本チームは、上位4名で76ポイントを獲得して3位となり、2年連続17回目のメダルを獲得する大健闘。

:伊澤菜菜花(豊川高2年)が21分27秒で16位と同タイムで17位、・・・「来年も年齢的には出場できるので、今年よりさらにイイ順位(17位)を狙ってがんばりたいと思います」

:柴田千歳(熊谷女高2年)、21分47秒で22位。・・・「スタートから500m位は先頭に立って走って気持ちが良かったが・・・、後半はきつかった!」

:池田絵里香(千原台高2年)、21分30秒で18位。・・・「日本人トップを目指したのですが・・・、チョット力不足だった。来年も世界クロカンに出場して挑戦したい」

:加藤麻美(豊川高3年)、アメリカ選手と同タイムの21分33秒で20位。・・・「風が強く吹き、長い上り坂は昨年よりきつかった!前を走った日本選手を追って、アメリカ選手と一緒に走った。」

:小田切亜紀(長野東高3年)、21分40秒で21位。・・・「スタートで出遅れてしまったが、後半はなんとか粘る走りができた。」

:亀山絵末(東海大三校3年)、22分15分で35位。・・・「調子よくなく、最後まで完走できるとは思わなかった。キツカッタ!」

男子ジュニアレース 〜国際クロカンの経験豊富なアヤレ・アブシェロが初優勝〜

:スタート時間:15:00、参加国29カ国、選手121名
:距離8000m(200m+1x1500m+3x2000m+300m)

ビシャラート・ゴルフ場特設クロカンコースは、稀に見る難関コースだ。スタートから直線200mが緩やかに上る。左折して1周すると2kmの周回コース。簡単に説明すると、この周回コースは下りから始まり、フラット、上るなど、起伏をそれぞれ3等分することができる。そして最後の300mは下から高さ40m上る急斜面を駆け上がり、残りゴールまでは約80mは芝生だ。
福士がスタートから約1.5km付近まで、ケニア選手と一緒にトップに立ったがたちまち後退。例によって、ケニア選手が横一線に並んでペースをコントロール。

最終周回を告げるベルまで、トップ集団は互いにけん制して動きは少なかった。昨年、同僚のイブラヒム・ジェイランの後塵を浴びて2位に終わったアイェレ・アブシェロ(エチオピア、18歳)が背後から前に出て、同じく5位に終わった長身のティトゥス・ムビシェイ(ケニア、18歳)らの6選手がトップ集団で並走。最後の急斜面300mの半ばにきて、アブシェロのスピードは衰えず、ムビシェイ、モ−ゼズ・キベット(ウガンダ、18歳)らを突き放して23分26秒で優勝。4秒差でレースの大半を引っ張ったムビシェイが2位、3位は5秒遅れでキベットだった。アブシェロは5000m13分35秒22の持ち主。今季、スペイン国際クロカンでタリク・ベケレらについで3位入賞。また、ニイメーゲンで開催された「セブン・ヒルズ」(昨年11月15日、ケネニサ・ベケレ15km初のロードレースで故障)と呼ばれる15kmロードレースで優勝するなど、国際的なレース経験は豊富だ。「このタフなコースを制し、昨年の雪辱を果たすことができて大変に嬉しい。レース中、身体がなんとなく重いような感じがしたが、神のお加護で優勝できた。」2位のムビシェイは、「優勝するつもりだったが・・・、7km付近で肘鉄を食らった。昨年の5位の成績から2位になったので満足だ。コースはタフでさらに強い風があったので苦しいレースだった」と、敗戦にも以外とサバサバしていた。

日本選手最高位は、村澤明伸(佐久長聖3年)の24分46秒で、昨年の37位から順位を上げて27位。40位上野渉(仙台育英高3年)、42位服部翔太(埼玉栄高2年)、44位西池和人(須磨学園高1年)、45位千葉健太(佐久長聖高3年)、73位福士優太郎(西脇工高3年)だった。 尚、今季、3分55秒02の室内ジュニアマイル世界新記録を樹立したジャルマン・フエルナンス(アメリカ、18歳)は、疲労「ストレス」で脚に痛みを感じた状態で出場。アフリカ選手以外でトップの11位で素質豊かな片鱗を見せた。 団体戦では、ケニアが20ポイント獲得して11連勝。2位は2ポイント差でエチオピア、エリトリアが72ポイントで3位。日本チームは153ポイントで8位だった。








女子シニアレース 〜本命不在の混戦を抜けた、フローレンス・キプラガット優勝〜

:スタート:15:40、参加34カ国、選手97名
:距離8000m(200m+1x1500m+3x2000m+300m)

女子長距離界のスーパースター、北京五輪長距離2冠、昨年の覇者ティルネシュ・ディババ(エチオピア、24歳)が不在のため、だれが優勝するのか予想さえ難しかった。ゲレタ・ブルカ(エチオピア、23歳)、メセレッシュ・メルカム(エチオピア、23歳)ケニア国籍からオランダ国籍に変更したヒルダ・キベット(28歳)、リネット・マサイ(ケニア、19歳)、フローレンス・キプラガット(ケニア、22歳)、1500m世界選手権優勝者のマリヤム・ジャマール(バーレン、24歳)らが出場者リストに名前があった。午後になってもかなり強い風は止まず、気温13度と低い。

スタート直後から先頭に立って積極的なレース展開を始めたのは、キンバーレイ・スミス(ニューにランド、27歳)だった。2周目からは、昨年北京10000mで4位入賞した長身のマサイがトップに立ってレースを主導。最終ラップに入り、一時は50m以上の大差をつけて独走。ほぼ優勝が決まったかに見えたが、昨年、長女を出産して一時の母親になった、今季絶好調のキプラガットが後方からグングン追い上げ、急斜面で前を行くマサイを捕まえ追い抜いてゴール。2位のマサイに3秒差をつけて26分13秒で初優勝。ラストスパートでゴール直後に倒れこんで失神した。この種目でケニア選手が優勝したのは、1994年以来の快挙だった。「この優勝を娘のアシャに捧げたい。ケニア女子選手が長い間優勝から見放されてきたが。これを機会に、来年ティルネシュ・ディババが出場してきてもがんばりたい。ケニアのために勝ったことは大変に嬉しい。起伏がきつく、タフなレースだった。」と大喜び。彼女の同居人、娘の父親のモーゼス・チェルイヨット・モソップ(24歳)も出場したが11位に終わった。2位のマサイは「途中で勝ったと思ったが、最後に負けてしまった。負けた相手がケニア選手なら構わない。今年の目標はベルリンの世界選手権でメダル獲得を狙います」、3位のメルカムは、「非常に難所の多いコース。寒い風など、すべてが難しかった。ティルネシュ不参加は痛かった。レース前から、この種目でエチオピア優勝、団体戦でも勝つことが難しいことが予測できた。4種目個人完全制覇が目標だったが、ライバルのケニアにそのひとつである女子シニアを阻止されたのは残念だ」と、浮かぬ表情だった。

一方、日本選手は清水裕子(積水化学)が、アフリカ勢以外5位に食い込む健闘を見せて、28分02秒で18位。・・・「最善を尽くしたが、アップダウンが急できつかった」と。その他の選手の成績は、45位若槻一夏(TOTO)、48位小幡后令(アコム)、54位西尾千沙(スターツ)、68位沼田裕貴(しまむら)、72位稲富友香(ワコール)らだった。

日本女子団体戦は、165ポイントを獲得して8位だった。 男女シニアレースの上位6位まで、それぞれ1位に3万ドル、以下1.5万、1万、7000,5000,3000ドルの賞金が与えられた。尚、団体男女チーム6位まで、それぞれ2万、1.6万、1万、8000,4000ドルの賞金が与えられた。ジュニアレースに賞金はない。







男子シニアレース〜ゴール前の猛スパート、ゲブレマリアムの巧妙な作戦勝ち〜

:スタート:16:30、参加44カ国、選手153名
:距離12000m(200m+1x1500m+5x2000m+300m)

長距離、クロカン史上最強スーパースター選手のケネニサ・ベケレ(エチオピア、26歳)が、初のロードレースでアキレス腱を痛めて欠場。大会直前になって、弟のタリクも欠場、だれが優勝するか、女子と同様の状況で予測が難しい混戦状態。一昨年、モンバサ大会で優勝したゼルセナイ・タデッサ(エリトリア、27歳)は、ロンドンマラソンの練習の一環として出場すると公言。下馬評では、ケニア勢優勢の見方が圧倒的に強かったが、2年半ぶりに膝の故障、手術から完全回復したサイフ・サヒード・シャヒーン(カタール、27歳)を優勝候補に上げる人もいた。肌寒い風が強く、タフなコースで体力の配分も難しい。これまでの男女ジュニア、女子シニアのいずれも巧妙なタクティカルレースで優勝している。義務的に送り込まれた観客は、この時間帯になると見慣れないクロカンに飽きてきたのか、帰宅するものが多く半減した。だれも積極的なレースをとらないスローペースで入った。最終ラップでもトップ集団は崩れない。最後の急斜面を上がってきたのも7〜9名の大きな集団だった。坂を上がり切った芝生を絨毯のように敷き詰めた最後の80m。それまで始終先頭集団の背後にポジション取りしていたゲブレ・ゲブレマリアム(エチオピア、24歳)の、タイミング良いスプリント勝負に掛けた作戦が効を制して、35分02秒で2位に2秒差をつけて初優勝。昨年アフリカ選手権10000mで優勝したものの、北京五輪は欠場するなど2年間のスランプ状態から抜け出した。エチオピア対ケニアの世界最強を決めるクロカン対決を制したゲブレマリアムは、「ゴールラインを越えるまで勝ったとは思わなかった。この一戦を勝ってホッとした。故障して欠場したケネニサも出場したかっただろうと推測する。かれも結果を見て喜んでくれると思う。早くかれに逢って報告したいものだ。この優勝を契機にスランプから脱出したい。今年は世界選手権10000mでメダル獲得が目標です」と、大喜びだ。ゲブレマリアムは、ベケレ同様史上2人目の世界クロカンジュニア、シニアで優勝を遂げた。

知人のケニアジャーナリストは、「1999年ポール・タガートが世界クロカンで優勝して以来、ケニア勢が勝てると確信していたが、男子シニアレースでも完敗。今日はサッカーワールドカップ予選試合の対チュニジア戦でも敗戦、ケニアスポーツの悪夢の日だ!」と、ガックリ肩を落とした。2位のモーゼズ・ンディエマ・キプシロは、「ゲブレマリアムのスプリントには敵わなかった。今回ジュニアで銅メダル獲得、ぼくで世界クロカン3個目のメダルをウガンダが獲得、大変に嬉しい。」、3位のタデサは、「初マラソン出場のため、スピードより耐久力の練習に集中している。ロンドンでベストを尽くす」と、マラソンモード全開中だ。

日本人トップは、37分11秒で47位石川末廣(Honda)、59位池上誠悟(Honda)、64位梅枝裕吉(NTN)、76位岡本直己(中国電気)、94位福井誠(富士通)らの成績だった。尚、団体戦は、ケニア、エチオピアが28ポイントで同点だったが、4人目のケニア選手の順位が11位でエチオピア選手が12位のため、ケニアチームの団体優勝が決定した。2位エチオピア、3位エリトリアの順位で、日本は246ポイントで11位だった。

木内監督談
「このコースはアジアクロカンが行われたコース。ある程度の情報を持っていたが、このコースは生易しいものではない。タフな脚力が不可欠だ。最後の約300mの急斜面の上りは非常にキツイ。かなり強い風の条件下で選手は大変だったと思うが、女子ジュニアの団体成績が3位を堅守したことは立派。個人の成績では、ジュニアの伊澤菜菜花(豊川高2年)が17位。アフリカ勢を除く3位、女子シニアで清水裕子(積水化学)が18位。アフリカ勢を除く5位に食い込んだのは大健闘です。このコースをそっくり日本に持ち帰り練習に使いたい。」

取材メモ
ヨルダンが開催地だけに、通常では顔見知りの欧米からの取材者がくるのだが、今回は極端に少なかった。隣国の紛争、テロを恐れて取材を避けた人も多かっただろう。インディアナ・ジョーンズの映画の一部が、世界的なペトラの遺跡群を舞台にしたため、クロカン取材とペトラ観光を兼ねた取材者も何人かいた。入国手続きが以外とスムーズに処理された。大会前日まで好天気だったが、当日になって急変。雨こそ降らなかったが強い冷たい風が選手、取材者らを悩ませた。会場の、ゴルフ場とは名前だけの、アマンから郊外20km離れた山の中。アジアクロカン選手権が開催されたコース。テロ対策の特殊警察が物々しい重装備で会場を警備。良くあることだが、数千人の学生らを観客動員して形を整えたが、レース半ばで半分の観客は帰り始めた。高台のクラブハウスに脇に建てたテントのプレスセンターはトラブル続出。配線のプラグが少ない。WIFIを設置したものの、一度に20人ぐらいの記者が使用を始めると、たちまちほとんど停止状態。とても写真を送れる状態ではない。レース結果をすばやく印刷する予定だったが、持参した紙がなくなってしまい途中で印刷を中止。それよりも酷かったのは、お茶の接待はあったものの、10時から7時まで食べ物はなし。あの急勾配の草むらを歩き回りながらの撮影はかなりきつかった。腹は空いても食べ物を買うこともできない場所だった。最後に、空港までのシャトルバスが約束の7時までにとうとう来なかった。

 
(09年月刊陸上競技6月号掲載)
(望月次朗)

Copyright (C) 2005 Agence SHOT All Rights Reserved. CONTACT