shot
 
NEWS
 

気鋭、ツェガエ・ケベデ、リリヤ・ショブコワ、史上最強レースを制す


今年のロンドンマラソンは、意外な話題でレース前から盛り上がった。アイスランドの火山灰が欧州の空に飛散して、前代未聞の空路マヒが起きて主催者、選手もレース前にパニック状態だった。欧州委の判断で4月15日以降、正常化するまでの6日間に運航中止になった航空便は約9万5000便に上ったと言う。恒例のレース前に行われる主力選手の記者会見は、肝心の主役選手が方々で足止めを食ったため、ことごとく予定をキャンセル。しかし、主催者の対応、動きは迅速を極めた。欧州選手は陸路、車、ユーロスター、レンタカーなど、いろんな手段を使ってロンドンに向かった。                  

マーラ・ヤマウチ夫妻は、アルバカーキー高地合宿地からの6日間のドラマティックなロンドン旅程が地元紙を飾った。また、チャーター機を飛ばしてケニア、エチオピア、エリトリア選手らの輸送大作戦を敢行。金曜日の記者会見にすべての出場契約選手を揃えたのはさすがだ!総額2200万円の出費とか!

今年も実績あるスター選手が揃った。北京五輪、ベルリン世界選手権優勝者、銀、銅メダリスト、世界のトップ選手をずらりと並べた。今年は日本選手も多く、4年に一度の選手権選考会と無関係に世界を相手に出場できるチャンスだった。

前日までの好天気が嘘のように、スタート前かなり強い雨があった。レースも予想外の波乱が起きた。雨のため、スタートからスローペース。昨年の男女優勝者サミュエル・ワンジル、イリナ・ミキテンコらが途中で棄権。レースの行方は混とんとした。後半、福岡2連覇のツェガエ・ケベデ(エチオピア、23歳)が2時間5分19秒で2位以下を大きく離して圧勝。女子は、マラソン3回目のリリヤ・ショブコワ(ロシア、32歳)が2時間22分00秒で初優勝した。日本男子選手は、入船敏(カネボウ、34歳)が2時間19分25秒で16位、松宮隆行(コニカミノルタ、30歳)は2時間21分34で20位の惨敗。

一方、女子選手は赤羽有紀子(ホクレン、29歳)が自己新記録の2時間24分55秒で6位、小アまり(ノーリツ、34歳)は2時間25分43秒で9位、期待された尾崎好美(日本第一生命、28歳)は2時間32分26秒で13位に終わった。(気温10度、湿度75%、北西の風4m、)

期待外れのワンジルの棄権、ケベデの見せた終盤の驚異のスタミナ

優勝候補筆頭のサミュエル・ワンジル(ケニア、24歳)は、08年ロンドンマラソンで2位になった以外5戦4勝。当然、かれに世界新記録の期待が掛った。記者会見で、「左側の腰を痛めて練習を少し休んだが、今は全く問題ない。目標タイムは悪くとも4分台、できれば世界記録に挑戦したい」と意欲的だった。出場選手の中で2時間4分27秒の最速タイムの持ち主、キベット・ダンカン(ケニア、31歳)、ベルリン世界選手権の覇者アベル・キルイ(ケニア、27歳)、2位のエマニュエル・ムタイ(ケニア、26歳)ら数十人の一行は、ナイロビ、ジブティ、アスマラ、ルクソー、マドリッド経由で到着。3日間の長旅も無事にレース3日前に到着した。また、福岡2連覇のケベデは、「これまでで最高の調子。記録への挑戦より、自己記録更新と勝ちに行く!」。ゼルセナイ・タデッサ(エリトリア、28歳)は、連勝の掛った世界クロカンを棄権。リスボンハーフで58分22秒の世界新記録を樹立して、「絶好調!」と、自信満々。招待選手らは優勝、記録へ並々ならぬ積極的な意欲を見せた。これだけ実績ある招待選手の記者会見は、一様に礼儀として表面的な受け答えをするため、まともにかれらの言葉を鵜のみする分けには行かない。

スタート直前から土砂降りの雨だった。レースが始まると心配された雨も止んできた。ワンジルはスタートから先頭で勢いよく飛ばしたが、最初の5kmを14分40秒の平凡なタイムで通過。20人以上の大きなトップ集団は、10kmを29分42秒、15kmを44分51秒、20kmを59分54秒。ハーフ通過は8名。設定タイム62分より大きく遅れて63分07秒(昨年、ワンジルは61分39秒)。この地点で早くも世界新記録への望みはかなり薄れてきた。

ハーフを通過したトップ集団には、ワンジル、ケベデ、エマニュエル・ムタイ(ケニア、25歳)、ジャウード・ガリブ(モロッコ、37歳)、アブデラーヒム・ブーラムダン(モロッコ、32歳)・アベル・キルイ(ケニア、27歳)、マリソン・ゴメス・ドスサントス(ブラジル、32歳)、タデッセ、ヨナス・キフレ(エリトリア、32歳)、キベットらの強豪ランナーの顔触れが残った。しかし、それまでレースの中心だったワンジルが、27km地点を過ぎてから突然走りを中止した。「最初のころは全く右ひざの痛みもなかったが、20km過ぎてから痛みが増し、結局、27km過ぎて大事を取って棄権した」と、レース後に主催者を通して説明があった。

ここまでレースはワンジルを中心に展開してきたが、一転、ケベデが積極的に動いた。27km手前でケベデが一気に揺さぶりをかけた。25-30kmのスプリットタイムが14分27秒とアップ。30kmを1時間28分46秒で通過。小柄なケベデがグングン力強く前に出る。ケベデと併走するのはキルイただ一人。しかし、32km地点からは2位以下、ムタイ、キルイ、ガリブ、ブーラムダンらが懸命に追走するが、差が次第に広がりケベデ独走態勢に入った。35kmを1時間43秒30で通過、2位キルイとの差は7秒、3位のムタイとの差は35秒までに広がった。さすがのケベデも終盤の35-40kmを向い風の中独走して15分01秒とペースダウンをしたが、2位だったキルイが自滅して脱落。2位に上がってきたムタイとの差は58秒にまで広がりケベデの優勝はほぼ決定的になった。

ゴールテープは小柄なケベデの顔の高さに固定。ケベデは手刀でテープを切るような仕草でゴールイン。ケベデの優勝は、03年ゲザヘグネ・アベラ以来のエチオピア選手の優勝。2時間5分19秒の優勝記録は史上3番目だった。

ケベデは、「雨中のレースは苦手だ。スタートからスローペースだったのは雨が原因。ちょっと路面が滑ったこともあったので、みんなが慎重に走った。ぼくもちょっと足がおかしかった。調子は最高に良かったので、昨年のように腹痛が起きなければ勝つ自信があった。後半、大会記録、自己記録更新を狙って走ったが、ちょっと届かなかったね(笑う)。昨年は2位、北京五輪、ベルリン世界選手権で勝てなかったランナーにリベンジを果たして大変に嬉しい。もし、雨が降らなかったら、4分台には絶対に入っていたね」とクールだった。

2位のムタイは、「ケベデが25km過ぎで最初に仕掛けたが、止めることができなかった。今日の優勝者は価値がある」とケベデの圧勝に脱帽。

37歳のベテラン、ガリブはいぶし銀の走りを見せて2時間6分55秒で3位。「調子が良かったのでいい結果を期待したが…、腹痛が起きたし、ここで3位は悪くないね」と笑った。

ワンジルは、「今日のペーサーはあまり良くなかった。スローだったのでうまく乗らなかった。今日のケベデは強かったね。イタリアで3週間治療に専念。次回を目指す」と再起を誓った。

入船16位、松宮23位、ショッキングな惨敗

入船、松宮らは18km地点でトップ集団からジリジリ後退。入船はハーフを63分30秒、松宮が63分11秒で通過したが、前半のハイペースがたたり、後半、2人は完全に疾走。入船は2時間19分25秒、松宮は2時間21分34秒で女子並のタイムでトボトボゴールした。ここでは途中棄権選手をピックアップする体制が不備なのか、とにかく自力でゴールしなければならない状況で、全く参考にならない屈辱的なタイムだ。しかし、ロンドンは並の国際レースではないことは、日本の関係者には周知のこと。日本国内に五輪、世界、アジア大会選考レースが目白押しにある。今年は4年に1度、選手権選考レースがない年。五輪、世界選手権よりハイレベルな海外国際レースに挑戦。同じ土俵に上がって真っ向から世界トップ選手と対戦できる大きなチャンスだ。その必要性は良く理解できるが、9分台の選手が2時間4,5分台のハイペースのレースに出場することは、大きなリスクがあっても効果はどんなものだろうか。相手のペースに便乗して、あわよくば・・・、他力本願なレースでは本物の「ブレーク」は難しいだろうと思う。身の丈にあったペース、実力をわきまえないとショックだけが残ってしまう。大きなレースになればなるほど、レース前の設定はどこかに飛んでしまい、第2グループは完全に無視されペーサーまで仕事をまともにできるのはめったにないのが現実。今回、ハーフ設定タイムが第1グループ62分、第2が63分だったが、第1と第2グループが一緒になった状態になってしまった。

このような国際大会は、完全に「勝利」至上主義というか、「優勝者」が全て!いろんな意味で甘くはない。また、なぜか知らないが日本だけ男女ともこぞって同じ外国人エージェントが仕切る不思議なことが起きている。これではエージェントのサジ加減一つでいろんな振り分けができる可能性があるだろう。もし、これが日本人のエージェントならばとても許されるものではない。これってなんとかならないものだろうか。

結果を怖がって動かなければなにも経験できないことは明白だが、30数年前に日本選手が海外で華々しく活躍したころは情報も少なかった。当時のケニアはまだマラソンを知らなかった。わずかなエチオピア、メキシコ、欧州選手らとしのぎを削った良き「エポック」だった。「海外レース」出場そのものが非常に刺激的で有効だった。日本選手は、昨年、日本マラソンランキングトップが、サブ10ただ1人と実力低下に拍車が掛った。現在の日本選手と世界トップ選手の実力差に、捨て身でかかるのは無謀な行為だと思う人は少なくないだろう。

リリヤ・ショブコワ初優勝、ロシア勢1,2位独占

ロンドン大会のレースレベルは、過去の実績、持ちタイムなどの全く効果がない実例を正直に露出したものと言えようか。最初の10kmで早くも北京五輪優勝者のベテランコンスタティノ・ディタ(ルーマニア、40歳)、ディーナ・カスター(アメリカ、37歳)らが先頭集団から遅れだした。

優勝候補筆頭で3連覇を狙って出場したイリナ・ミキテンコ(ドイツ、37歳)は、20km手前で早くも「脛」の痛みで棄権。10数人のトップ集団も、ハーフを過ぎると8人の小さな集団に変わった。明らかに、現欧州5000m14分23秒75の記録保持者のリリヤ・ショブコワ(ロシア、32歳)、06年欧州選手権10000m優勝者のインガ・アヴィトワ(ロシア、27歳)、世界選手権3位のアセレフェチ・メリギア(エチオピア、25歳)らが、レースの中心選手だ。尾崎まり、赤羽らは先頭集団の後方に位置。23kmあたりから尾崎好美、ベルハナ・アデレ(エチオピア、36歳)、ヤマウチ、キム・スミス(NZ、28歳)らが振るい落とされた。

30kmを過ぎても、トップ集団は8選手と変わらず。しかし、終盤にかかった33km地点で機を伺っていたショブコワが動いた。

たちまちにギャップが生まれ、35km手前で、赤羽は先頭集団の4人から10秒遅れ、尾崎まり、ベルリン世界選手権の覇者白雪(中国、21歳)も赤羽に20秒遅れだした。優勝の行方は、ひときわ小柄なベズネ・ベケレ(エチオピア、26歳)、メルギア、ショブコワ、アビトワらの4選手に絞られた。2名のエチオピア選手、2名のロシア選手が35kmを1時間58分25秒で通過。40kmを過ぎてから、ショブコワの軽快なストライドごとに、アビトワ、メルギアとのギャップが広がった。ビッグベンの下を通過時点で、ショブコワは2位のアビトワに20m以上の差を付け、さらに19秒差でゴールイン。自己新記録を2分24秒短縮する2時間22秒00で初優勝。昨年、初マラソンのロンドンで3位、続くシカゴで優勝。3戦2勝で急成長中のホットなランナー。

ショブコワは、「昨年ここでマラソンデビューして3位だった。昨年と違ってペースは楽だった。前半、先頭を切って楽に走ることができたので、終盤余裕を持ってスピードを上げることができた。今回で3度目のマラソン、2回目の優勝。五輪マラソンで優勝を狙いたい。わたしの場合、トラックからの転向は非常にスムーズにできた。欧州選手権はトラックで出場するかもしれないが、わたしの住んでいる町はトラック施設がないので練習が難しい。マラソン出場は考えていない」と通訳を通しての記者会見だった。2位のアビトワも自己記録を3分以上短縮した2時間22分19秒。満面に笑顔を称えてゴール。「最高のレースだった!」と大喜びだった。

次回五輪会場を控えた地元で、ロシア勢の1,2位の独占は、日本勢に強力なライバル出現という印象を与えたレースになった。

赤羽、自己新記録で6位、小アまり9位、尾崎好美13位に終わる

赤羽有紀子(ホクレン、30歳)は、フルマラソンへの再挑戦、サブ25分を目標に掲げてスタート。ゴール直前、キャップを取って、掲示板でタイムを確認しながら大きな笑顔でゴールイン。「嬉しかったですね25分切って、目標の自己新記を達成して良かった。ハーフまで気持ち良く走れ、30kmまでスムーズに行きましたが、33kmでスピードアップされると、いっきに行かれましたね(笑顔)。もう一段上を目標にした練習を消化できなければ、あのクラスと終盤に対等に勝負することはできません。35kmからは脚が動かない感じでしたが…、あのままなんとか粘れて完走したのが良かった。レースに事故はつきものですが、慾を言えば、最初の5kmは下り坂で自然とブレーキをかけるような走りになるので、雨で濡れたシューズの中で足が動いたんだと思うのですが、左の足裏に大きな水膨れ、爪が剥がれて痛かった。血を見るのが嫌なので爪先を見ないで走りました。カーブが多く、場所によっては堅い石畳、起伏もかなり激しく、路面が日本よりラフで堅い予想外にタフなコースですね。このような環境に対応できる脚力をしっかり作らなければと実感、イイ経験です。ハーフ設定は71分でしたが、実際には69分50秒で早かったのですが、楽に行きましたね。後半のスタミナ、脚力を付けて、次はしっかり勝負できる走りをしたいと思います。家族からたくさん協力して貰って、これで恩返しができました」と二重の喜びだった。

周平コーチは「ベルリン前は右足を痛め、今年1月の大阪国際では、直前に左ひざを痛めて途中棄権。今回は2度の反省を生かして、故障なしでスタートラインに立つことに万全の注意を払ってきました。フルマラソンへのチャレンジ!が目標でした。NZで行われた陸連合宿ごろから調子が上向きになり、大島での合宿でイイ状態になってきました。有紀子の持ちタイム2時間25分40秒は、出場選手16番目です。トップ集団のハーフ通過設定が71分ではちょっと早すぎるので、そうかと言ってこのメンバーで後半勝負することは正直言って難しいと予測していました。ですから、ペーサーが安定する前半だけでも、多少早くとも先頭集団に積極的に付く指示を出しました。ところが、ハーフ通過地点で有力選手が脱落、先頭集団が10人以下になってしまいました。予想以上のペースでハーフ通過したのですが、爪が完全に死んだ状態で剥がれ、足裏は大きな水膨れの状態でかなりの痛みがあって相当きつかったはずです。先頭集団の走りに身体がしっかり対応、足の動きもスムーズで良くやったと思います。高地練習の経験もなく、今回は「つめた」練習をしてきていませんので、まだ十分に「伸びしろ」があると自信を付けました。ベルリン世界選手権、1月の大阪国際女子マラソンでも、性格的にかなり追い込むタイプなので逆に今回は「抑える」ことで調整できました。終盤の粘る走りができ、数字には表れない経験はイイ収穫だと思っています。30km過ぎまでトップ集団で走った経験から、次回のレースに対応策が生かされると思います」

小アまりは2時間26分16秒で9位に終わったものの、大阪に続いて(2時間26分27秒で3位)コンスタントな力を発揮した。「終盤で力負けしたが、世界のトップ選手と30km過ぎまで走れたことはいい経験になった。35kmを過ぎてからの走りが今後の課題です」と、確かな手ごたえを感じ、満足感が持てたような印象だった。

一方、期待された尾崎好美は、「現時点の力ではあんなもの。やはり半端な調整では走れませんね」と、また、山下監督も、「やはり、悪いほうに結果が出てしまいました」と苦笑していた。

 
(10年月刊陸上競技6月号掲載)
(望月次朗)

Copyright (C) 2005 Agence SHOT All Rights Reserved. CONTACT