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世界の「コージ」完全復活、新設ハンマー投げチャレンジ杯初代王者に輝く

「コージ」が世界トップの舞台に戻ってきた!それもたったの1投目で決着を付けた。現時点で世界最強ハンマー投げ選手全員の目の前で、今季世界最長距離80.99mを樹立。衝撃的なスタイルで復活した。2年ぶりの80m台の記録。巷の予想を見事に覆して、この瞬間、かれの今季の目的は達成されたと言えよう。「コージ」復活は文句なしだった。続く9月1日、ザグレブ大会の60周年記念。ハンマー・チャレンジ最終戦は、劣化したサークル表面にもかかわらず、最年長の男が79.46mを投げて圧勝。今季から始まった世界陸連新設の「ハンマー投げチャレンジ」初代年間優勝も手にして、かつてのライバルだったプリモズ・コズムス(セルビア)から花束を贈呈されて祝福された。その翌日、滞先ホテルで、「室伏復活」のいきさつを訊いた。

―おめでとうございます。世界は「コージ」の奇跡的な復活に驚いているでしょう。
室伏―どうですかね(笑う)奇跡的ってのは騒ぎすぎでしょう。ぼく自身は、この程度はやるだろうと自信は持っていましたから・・・(笑う)イイ感じの投げができしっかり結果を出したので満足です。

―外からは奇跡的な印象です。関係者の反応はどうですか。
室伏―皆さん、それほどぼくに期待していなかったようなので・・・、予想外の80m台の記録で少なからず驚いている様子でしたね。(笑顔)

―昨季は腰が痛かったとか、これまで大阪GPで77.86mを投げて3位。日本選手権後から姿を消して動向がつかめず、突然、リエティで今季世界最高記録で優勝したという衝撃的なニュースで世間を驚かせた。
室伏―(笑いながら)姿をくらましたと言っても、不振で雲隠れしたわけじゃありません。日本選手権後にサンノゼのトーレ・グスタフソン(スウェーデン人でサンノゼ在のセラピスト。元ハンマー投げ選手)のところに滞在。今大会に出場してどのような結果を出せるか、かれのクリニックでリカバリーを含めた新しい練習法を試行錯誤していました。まあ、昨年は五輪後の休養の年。今年はこれまでイイ結果を出していなかったので、人によってはいろんな憶測も飛び交ったでしょうから突然と思われたかもしれません。まあ、なかなか人に理解されないところがあるようですが、また、そう思われても仕方がないこともあるかもしれません。ぼく自身が試行錯誤しながらですが…、自分にとって最良な選択であると信じてやっているのです。でも、これを人に理解して貰える簡単明瞭な手段は、競技者はやはり結果を求められると言うことなんですね。(笑う)

―今回のここまでの過程は、ロンドン五輪で結果を出すための準備なんでしょうね。
室伏―もちろんです。ぼくの発想と行動は、来季の世界選手権を踏まえて最終的な目標であるロンドン五輪で最高の力を発揮するためのもの。それは80m台をコンスタントに出すための練習です。今年は何かをしなければならない重要なテストケースです。そのことでサンノゼの環境で新しい練習法を作り出したのです。結果がきちんと出せて良かったですよ(笑う)崖っぷちに立っていたような状況ではありませんが・・・、結果が悪いと精神的にも、評判も芳しくありませんから、今回の結果は良かったんじゃないですか。

―具体的にどんな練習ですか。
室伏―人になかなか伝わりにくい部分がありますが、ぼくはだれも経験したことのない精神、肉体の最適なバランスの問いかけを続けています。身体の使い方の基本です。突き詰めると、自分の「生きざま」そのものになって行くんですが、まず、重要なのはぼくの身体です。リカバリーも若い時と同じようには行きません。ぼくの筋肉も若くないですし、長年酷使してきたので「金属疲労」のような状態の部分もあるでしょう。手っ取り早く言えば「ガタ」が来たようなものです。これまでの練習法を繰り返したら、大きな弊害になるのは目に見えています。無理はしたくないし、絶対に故障は避けなければなりません。新しい練習プログラムは、身体の中心に重心を置くことによって最も自然に効率よくスムースに回転することを目的としています。背筋力に強く依存することなく、今までそれほど使ったことのない筋力も生かせるような動きの練習です。試行錯誤を繰り返し、未知の発見、体験を継続する行為の中でいろんな問題を解決する。また、新しい課題が見えてきたら日常練習過程で対処できるようにすることです。こうして言葉にすることは簡単ですが、最もセンシブルで重要なことは、自由な発想が生まれる環境に身を置くことですね。メンタルのストレスのない環境と言った方が適切かもしれません。その中から新しいスローテンポな練習法が生まれてきたのです。自分の身体は自分が最もよく知っていますから身体に聞き、相談しながら、身体に無理を伴わない効率的な練習法です。また、安直な意味ではない幅広く、意味の深い「楽しみ」を継続したいと思いますね。楽しみの伴わない練習はやりたくないし無意味ですね(笑)

―今回の練習法、体験は、そのまま来年の世界選手権、ロンドン五輪への基本的なコンセプト、方向性ですか。
室伏―もちろん、これからなにが起きるか予測がつきません。その時の状況によって柔軟な対応、応用が必要なことは言うまでもありませんが、基本的なコンセプトはこれ以外に考えられないでしょうね。

―この大会前80mの大台突破に自信がありましたか。
室伏―まあ、ある程度の目安がありましたし、悪い状態で試合に出て結果が悪ければ意味がありませんので、ある程度の自信がありました。練習でいくら良くても本番と違いますから、やはり試合出場は練習効果を見るための尺度として最適でしょう。

―コージが出場すると言うことで、選手たちからの痛いような視線を感じなかったですか。
室伏―まあ、かれらにとってもぼくがどれだけ投げるか、競技者同士ですから注目することは当然です。ケージに入ればお互いに容赦ありませんよ。言葉にこそ現れませんが、かれらはあの1投目の記録で相当なショックを受けたでしょう。

―80m台を2年ぶりに投げ、連勝、ハンマー投げ・チャレンジ年間優勝を達成、完璧な復活を果たしました。これも目標にしてきましたか。
室伏―ぼくは新しい練習法でやってきたことが試合でどれだけ結果を出すかのチェックを入れにきたようなものです。今回、いろんなことで楽しかったことが多かったです。16年前にセルゲイ・リトビノフ(ロシア、史上第2位の86.02mを持つ)の元で2カ月ほどコーチを受けた時、当時8歳ごろのリトビノフの息子セルゲイ(注:父親と同名で長く父親がドイツでコーチをしたためドイツ育ち、ドイツ国籍を持つ)と遊んだものです。風の便りに柔道をしていると聞いたのですが、よもやかれがハンマー投げの選手になってリエティ、ザグレブ大会で一緒に競うなんて、感激の懐かしい再会でしたね!かれもぼくと同じ環境、偉大な親父の背中を見ながらハンマー投げ「二世」の宿命を負って競技を続けて行かなければなりません。がんばってほしいものです。

―今度はあなたがかれにコーチする番ですね。
室伏―とんでもない、かれには歴代2位の偉大なキャリアの父親がいますよ。(笑う)今はかれとは競技者同士。

―選手たちはあなたの復活をどのようにとらえていますか。
室伏―非常に温かく迎えてくれましたね。

―でも、あなたがこれほどやってくるとは予想外。
室伏―オリー‐ぺカ・カラヤライネン(フィンランド)のマネージャーは知っていたでしょうが、大半の選手は知らなかったでしょう・・・、どうですかね。

―ザグレブで欧州チャンピオンのリボー・シャルフレイタグ、クリスチャン・パースらが必死になって頑張っていましたね。
室伏―まあ、それは競技者の勝負に徹する本能でガンガンやってくることは当然ですよ。しかし、不思議と記録が伸びない。

―最近ハンマー投げの記録が低いのは。
室伏―なぜか良く分かりませんが、以外と記録はこんなものかもしれませんね(笑う)

―あなたがサークルに向かうと、出場者全員がそれまでの動きを中断して、あなたの一挙一動を食い入るようにして見ていましたね。
室伏―そうですか。

―ところでグスタフソンとの関わりは
室伏―5年前からの付き合い。スポーツセラピストとして、元ハンマー投げの経験から、今日もスタンドから応援してくれたティボー・ゲチェック(ハンガリー)の紹介から知り合いました。ゲチェックと彼はジュニア時代から競技を争っていた友人同士。1996年かれが引退後、ゲチェックのアドバイザー的な仕事を依頼された。ぼくも5年前、かれのような知識、経験豊かなアドバイザーを必要としていたのでゲチェックに相談するとグスタフソンを紹介されたのです。万能な役割を適切にこなしてくれる最も信頼できる人です。

室伏―実は9月27日、「孤独なる王者」という表題の本が十文字美信さんの撮影、文章とぼくもエッセイを書いた本が文藝春秋社から出版されます。十文字さんと知り合ったのは、昔のコマーシャル撮影からですが、3年半前から十文字さんが試合、練習など撮影を始めました。この間、一時は中断したこともありましたが、やっと出版されることになりました。

―「孤独なる王者」と言うタイトルはだれの案ですか。
室伏―編集社とメールのやり取りをしている時、試合になると自分との戦いで孤独だと言ったような会話、国内にライバルがいないために、試合に出ると、常に自分と戦いだったと言うような話の中で、編集の方が付けた題名です。

―写真集ですか。
室伏―もちろん写真が多いのですが、十文字さんもエッセイを書いていますし、ぼくを撮った写真集ですから、自分の感性を文章で書く必要を感じたのでやらせて貰ったのですが、これが難しく複雑ですが初めての楽しい経験でした。この本は十文字さんの写真と文章、ぼくのエッセイのコラボですね。編集者とのメールのやり取りで、思いがけない方向に発展、月刊文藝春秋のコラム、父親と息子の関係をも書きました。

―次の競技会の出場予定はありますか。
室伏―未定ですが実業団大会に出るかもしれません。

―がんばってください。

 
(2010年月刊陸上競技10月号掲載)
(望月次朗)

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