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2時間3分2秒、世界の反響
ボストンマラソン関係者コメント

ヨス・ヘルメンス(現マラソン世界記録保持者ハイレのマネージャー)

強い追い風、気象状況に恵まれ、ボストンはペースメーカーを置いていないが、ライヤン・ホール(アメリカ)が、あたかも無謀のように見えたハイペースで走りペースメーカーの役目を果たした。かれが完全に起爆剤だった。他の選手もかれに刺激されてジョフレイ・ムタイ、モーゼズ・モソップ(ケニア)、ゲブレグジアブハ・ゲブレマリアム、アブラハム・チェルコス(エチオピア)らのトップグループが追従。驚いたことに、最後まではペースが崩れなかった。トップ選手のコンディションも良く、追い風など、総てのことが最高の形でミックスされて集結された結果だ。かなり強い追い風が吹いていたことは確かだが、それがどこまで影響があったか定かではない。スタートからゴール地点まで高低差140mもある下り坂コースだが、「心臓破りの丘」などの起伏の激しい難コースだ。奇跡的な結果としか思えないが、記録が出るときはおおむねあのようなことが重なるものだ。これまでのマラソン概念を根本から崩すハプニングが起きたと言えよう。今回もまた、人類の限りない進歩と「記録は破られるため」という言葉を改めて目撃した。人間の計り知れない潜在能力だ。これを契機に、全く新しいマラソン時代に突入するだろう。ハイレは今秋、新たな世界記録に挑戦をするだろう。

クラウディオ・ベラルディリ(イタリア人、ボストンで5位のアブラハム・チェルコスなどのコーチ、31歳)

目の前で2時間3分2秒の予想外の記録に唖然としたが、ボストンの結果について言うのは難しい。この記録は当分破ることができないだろうと思うが、現時点においては、今後の予測を考えることが難しい。まだまだ、マラソンに対して人間の肉体的な未知の部分で分からないことがたくさんあるように思う。それこそ奇跡的な絶好の気象状況に複数の選手の積極策が見事にはまった結果だろうと思う。背後からのかなり強い風がスタートからゴールまで吹いた状況で、複数の選手が積極的に走った。結果として、驚くことに11位までの選手がサブ10分を切った。

レース後、ある人は追い風が幸いした、ある人は風の影響はそれほどでもなかったと言った、わたしは信じないが、コースが短いと言う人もいた。起伏の激しい難コースと言われるボストンで、信じられないような記録が出たのでみんながショックを受けたような印象だった。実際、わたしもその中の一人だった。ひとつ確かなことは新世代のランナーは、マラソンに対して古い固定観念に捕らわれず、新しいものの考え方、新しいタイプの「エンジン」を備えている。ムタイは今年の世界クロカン2位のスピードランナーだ。アメリカ人のライヤン・ホールがケニア、エチオピア選手並みに積極的に前半から飛び出して2時間4分58秒!も驚きだった。白人選手として最初のサブ5分に突入した快挙だ。かれの積極的な飛び出しがなかったらあの2時間03分02秒の快挙はなかったろう。うちのアブラハム・チェルコス(エチオピア、23歳)が自己記録を1分ほど短縮して6分台で5位だった。かれはわずか1か月間ぼくのところで練習した選手だ。かれは大きな期待を持てる選手。ロンドンでのマーティン・レルの復活は驚いたが他の選手は惨敗だった。今秋に向けて、根本的に新しい練習システムで選手を鍛え直さなければならない。

ハイレ・ゲブレセラシエ(現マラソン世界記録保持者)

2時間03分02秒の記録は正直言って驚いたね。これまでぼくは先人たちの世界記録をなんども破って成長してきた。ぼくの記録であろうと誰の記録であろうと、まさに「記録」は破るためにある。「不滅」の記録なんて存在しない。今年のボストンは、スタートからゴールまで風速24マイルの強い追い風に恵まれた絶好のコンディションだったと聞いた。コースを全く知らないが、スタートからゴールまで約140mの下り坂に起伏の多い非常にタフなコースと聞いている。ライヤン・ホールがスタートから飛び出し、無謀と思われた高速ペースだった。かれに刺激された後続選手も積極的に、潰れることなくゴールまでハイペースが続き、だれも予測できなかった大記録で完走できたと言えよう。残念ながら、かれらの記録は世界陸連の公認コースとは認められないので、規則は規則で・・・、ぼくはホッ!(笑)あくまで参考記録にとどまるのは仕方がない。この記録がわれわれランナーにどのような心理的な影響を与えることができるか、非常に楽しみだね。一過性のものか、雪崩的な現象が起きて後続が続いてサブ3分突入か。今秋のレース結果に注目したい。例えば、ぼくが08年ベルリンで3分59秒の世界新記録を樹立した時、2時間の「壁」を破ることができるまでに、20年ぐらいの時間がかかると公言した。心理的な壁の影響は非常に重要なポイントになるからだ。もちろん、ボストンの記録は強烈な刺激、モチベーションになる。できれば今秋にかれらの記録を超える2分台突入に向けて頑張る。

トーマス・ステフェンス(SCC EVENTS GmbH、ベルリン、フランクフルト、ウィーンマラソン主催会社、メディア担当主任、元ドイツランナーズワールド編集長、1986,87年ボストンエリート選手コーディネーター。1994,95,96年ウタ・ピピッヒ(ドイツ)が3連勝した時のコーチングスタッフの一員であるなど、ボストンに深いかかわりがある)

今年のボストンの記録は、関係者が少なくとも30年間以上待った凄い結果だった。ボストンのコースは、1996年に起伏あるアテネ五輪を念頭に設計されたものである。スタート地点からゴールまでの落差は143m(正確なことは知らないが、いずれにせよ数メートルのプラスマイナスの違いは大した問題ではない)ある。ボストンのコースはスタートから中間地点まで下り坂を叩きつけるようにして走るので脚が疲れる。次ぎに急な上り坂を32kmまで上り、ここで大方の選手は潰れてしまうがまだ先が長い。疲労した脚に追い打ちを掛けるように、下り坂がゴールまで続く。これはアマチュアランナーにとって大きなトラブルの元になる。しかし、1994年コスモス・デティ(ケニア)が2時間7分15秒、女子でウタ・ピピッヒ(ドイツ)が2時間21分の共に大会新記録で優勝した日も、今年のような強い追い風ではなかったが、追い風が大会新記録更新に大きく影響したことを知っている。

もし、世界のトップ選手、サミュエル・ワンジル、ツガエ・ケベデ、ムタイ、パトリック・マカウらの世界トップ選手を一堂に集め、今年ボストンのような絶好の気象条件で強い追い風に恵まれた日ならば、と思うのはわたしだけではあるまい。今年のボストンは、追い風で時速20マイル以上あったと聞いている。わたしの個人的な意見では、追い風は疲れた脚には問題なく、身体を丘に文字通り押し上げてくれる。特に、最後のニュートン丘の通過に非常に効果的だろう。もし、100m競争のように風の影響を考慮に入れ、今年のボストンの記録を計算すると、おおよそ2時間5分32秒の前後の記録に相当するものと計算できる。世界陸連が2時間03分02秒を世界記録と承認しないのは、全くフェアな根拠に基づいて決定されたものです。もし、これが公認されるようになれば、世界中で新設の世界記録製造コース、追い風の吹く場所に片道の急激な下り坂コースを設定。過激な商業イベントに拍車を掛けるだろう。

現エチオピア・ナショナルヘッドコーチ、イルマ

ちょっと信じられないようなとんでもない凄い記録!いったいどうなっているのか、われわれにとってもショッキングなタイム!人間の限界はどこにあるのか、ただ頭が混乱状態。だが、3位になったゲブレグジアブハ・ゲブレマリアム、2度目のマラソンで5位のアブラハム・チェルコス(エチオピア)らが帰国して詳しく話を聞くと、ゲブレは風の影響を感じたと言うより、意識が前を行く選手の走りに集中していたことで実際は影響があったのかもしれないが、そんなことを忘れてしまったと言っていたし、チェルコスも風のことより「心臓破りの丘」がいつ来るのかかなり気にしていたが、あの程度の坂なんてわれわれの練習の坂と比較するとなんとも思わない。突発的な、通常記録が期待できないとされた環境で、今回のような記録が出たのは複数の選手のベスト状態、気象条件などがうまく絡み合った結果ではないか。かれらの次のレースを見たい。

 
(2011年月刊陸上競技4月号掲載)
(望月次朗)

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