shot
 
NEWS
 

ハイレ途中棄権、ドゥバイか東京で5連続五輪代表を狙う

突然、ハイレは27km付近で立ち止まり、呼吸困難に陥り苦しそうに腹を押さえて前かがみになった。持病の喘息が発生した。数分後、呼吸を回復すると再びレースディレクター、マーク・ミルデの指示で回復を待っていたペーサーのジェフレイ・キプサング(ケニア、20歳)と共に走りだした。ハイレはしぶとく2位まで上がってきたものの、勝敗より2時間4,5分のタイムを目標にしただけに、35km地点でもはや不可能と判断してレースを放棄した。

ハイレは2日前の記者会見で調整に自信に溢れ、熱くロンドン五輪マラソン優勝目標を掲げた。「エチオピアの長距離は、ビキラ・アベベから始まったマラソンが究極的な長距離。5000,10000mトラック種目やクロカンなどは、一般的にそれほどに尊敬されない。わたしも五輪マラソン優勝を最終的な目標と考えている。しかし、エチオピア五輪マラソン代表には、トップ3の記録をもった選手が自動的に先行されるだろう。過去の記録、実績は対象にならない。すでにエチオピアの5,6人が5分台を記録している。競争は激しい。少なくとも4,5分台の記録で走らなければ選考されないだろう。五輪マラソンにぜひとも出場したい。五輪の年は、選手の意気込みが通常と違うので、今秋から来春までどんな記録が出るか予測が難しい。だからここで出しておくのがベストだよ」と応えた。

ハイレのレース棄権は予想外だったが、昨年3月のNYハーフマラソンでも呼吸困難で途中棄権。昨年11月のNYマラソンは、レース1週間前に膝を故障し、レース中に痛みを起こしてやはり途中棄権。レース棄権は膝の故障だが、追い込まれたハイレは感情的になって会見中、突如引退戦宣言して世界を驚かした。帰国1週間後、引退を撤回。だが、出場予定の東京マラソン出場を回避して膝の回復に専念してきた。あれから1年間、短いレースに出場したがフルマラソンを走っていない。注目を浴びたベルリン復帰戦に、若い世代のマカウに世界記録を21秒短縮され、35km棄権の屈辱を味わった。

年齢を訊かれ、「ちょうど38歳だが年は関係ない。年による衰えはない。」と一笑に付した。

レース後、宿泊ホテルでハイレと一緒に夕食を取りながら雑談。頻繁に人がテーブルに来てハイレに話し掛ける。ハイレは意外と表情がサバサバしていた。食事後、別件の用事でかれの部屋で数時間過ごした。ここでも人が頻繁に出入りした。

ハイレの話を総合すると「1年ぶりのマラソン復帰と五輪参加資格の記録を狙ったが失敗した。調子は良かったので普通に完走すれば4,5分台は出たはず。ベストを尽くしたが、まさか喘息が起きるとは予想外だった。これまで6か月間喘息の兆候は全くなかったので、噴霧状の吸入器をレース前で使用しなかった。それをしなかったのが原因かもしれないが、原因は定かではない。こうなるとできるだけ早い時期に5連続五輪代表を確実にするため、本来はベルリンで記録を出して五輪出場を決めたかった。そして東京を走ることを考えていたが、東京は記録が出ないのでドゥバイで走ることを考えている。早く決めないと五輪まで十分な休養、練習ができなくなる。もし、そこでもチャンスを逃して他の春マラソンを走ることにでもなると大変だ。

世界のマラソンが急激に高速時代に向かう傾向になった。おれの世界記録2時間3分59秒もわずか3年しか持たなかった。若い世代の選手は、すでに2分台突入は時間の問題とみているだろう。おれもかれらに負けない!」と笑い飛ばす余裕を見せたが・・・。

 
(2011年月刊陸上競技11月号掲載)
(望月次朗)

Copyright (C) 2005 Agence SHOT All Rights Reserved. CONTACT