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Special Interview
Kévin Mayer ケヴィン・マイヤー(フランス)

新時代を切り開く
混成競技の申し子


リオ五輪2位を経て世界一へ準備着々

ロンドン世界選手権で初の金メダル獲得を!!
その後は世界新、五輪制覇を目指す

 

 今年の新年早々、男子十種競技の世界記録(9045点)保持者で五輪2連覇を誇るアシュトン・イートン(米国)が、無敗のまま引退を表明した。「すべてをやり尽くした」のがその理由だそうだが、まだ28歳(当時)の若さで第一線を退く決断をした背景に、リオ五輪で彼に真っ向から勝負を挑み、わずか59点差の8834点(世界歴代6位)を獲得して銀メダルを手にした24歳(当時)の新鋭、ケヴィン・マイヤー(フランス)の存在がある、と言う人は少なくない。
 マイヤーは17歳で世界ユース選手権(09年)、18歳で世界ジュニア選手権(10年)を相次いで制した混成競技の申し子≠ナ、20歳で出場した12年のロンドン五輪は15位ながら、翌年のモスクワ世界選手権は4位に入賞。以後、14年の欧州選手権、16年の五輪でいずれも銀メダルに輝き、今年3月の欧州室内選手権(セルビア・ベオグラード)では七種競技で世界歴代2位の記録(6479点)を打ち立ててシニア初の主要タイトルを獲得した。今季は当然、8月のロンドン世界選手権での金メダルに照準を定めているが、その後は世界記録を目指し、28歳で迎える3年後の東京五輪をキャリア集大成と計画している。国内での注目度も日増しに高くなり、フランスの至宝≠ナある男子棒高跳世界記録保持者のルノー・ラヴィレニの後継者として期待が大きい。
 彼の出身地はパリ郊外のアルジャントゥイユだが、17歳だった2009年に、フランス混成競技選手が集結する南仏のモンペリエ市に移住して世界≠目指した。フランス第2の都市・マルセイユから約100km西に位置するモンペリエ市は、中世のフランスの医師・ノストラダムスが「予言集」を出版したことで知られ、中世の面影を強く残す街の中心部からほど近い場所に、フランス混成トップ選手の練習場「スタディアム・アスレティズム・フィリピデス」がある。4月上旬に当地に出向くと、マイヤー、練習仲間、アルバート・バルサン・コーチ(今年36歳)らが歓迎してくれた。
©Text & Photos/Jiro Mochizuki(Agence SHOT)


王者・イートンを追い詰めた
リオ五輪の死闘


――リオ五輪で最終種目の1500mを終え、正式結果が発表された直後、王者・イートン(米国)に近寄ってなんらかの言葉を交わしていましたが、彼からどんな言葉が返ってきましたか?
マイヤー (笑いながら)実は「I love you!」なんです。多分、それは彼独特の言葉で、「いい戦いだった!」という意味だと理解しています。彼にとって僕の追い上げは予想外だったと思います。過去のビッグゲームのように楽には勝てず、気の抜けない僅差の勝負と尊敬しています。陸上界に残した足跡、影響力は偉大ですね。彼と世界選手権、五輪で一緒に戦うことができたのは本当に幸せです。
――イートンの引退を早めた原因の1つに、リオで激戦の末に2位となったあなたの突き上げがあったから、と言う人もいますね。(注:例えばマイヤーが4分25秒49かかった最終種目の1500mで、単独種目中の自己ベスト4分18秒04をわずかに上回る走りができれば逆転優勝は可能だった)
マイヤー それはないと思いますが……。イートンが今夏のロンドン世界選手権に出場しても、彼を破れるだけの実力者はまだ見当たらないでしょう。彼は頂点を極め、長い間頂点に君臨し続けてきたアスリート。しかし、次の五輪までトップでいられる保障はありません。精神的、肉体的にも疲労が限界に来たのかもしれませんね。
――イートンが引退を発表した時、「これから俺の時代が来る!」と思いましたか?
マイヤー いやいや、そんな簡単なものではないでしょう。優勝のチャンスが以前より濃くなったと思う人はかなりいるでしょうが、やはり努力なしでは無理です。

スポーツ万能
小さい頃から混成競技に興味

――どのようなきっかけで混成競技を始めたのですか?
マイヤー 子供の頃からスキー、バレーボール、テニスなどが好きだった。しかし、いろいろな種目ができる混成競技に興味がありました。単一スポーツより楽しかったですね。
――17歳でモンペリエに拠点を移し、混成競技に熱中。将来設定が早いですね。
マイヤー 12 〜 13歳から1000m、走高跳、やり投のトライアスロン≠ネどをやっていたので、混成競技はやってみて本当に楽しい。だから、十種競技で世界を目指すならモンペリエに居を移し、フランストップのアスリートと一緒に練習するのが最適の環境だと思ったからです。(注:モンペリエはフランス混成競技のトップ選手が伝統的に集まる場所で、ハイパフォーマンス・センターがある)
――最初の世界大会は、2009年にブレッサノーネ(イタリア)で開催された世界ユース選手権(現・U18世界選手権)での八種競技(6478点)で、次が2010年にモンクトン(カナダ)で行われた世界ジュニア選手権(現・U20世界選手権)の十種競技(7928点)。両大会で優勝していますが、この2つのタイトル獲得はどんなインパクトがありましたか?
マイヤー これらの優勝は良い刺激と継続することに勇気づけられました。自信、練習意欲、目的意識、希望などをもたらしてくれました。
―2011年も欧州ジュニア選手権に8124点で優勝。翌12年のロンドン五輪は20歳の若さで出場。どんな印象でしたか。
マイヤー 五輪は、やはり特別な試合です。ロンドン五輪は7952点、15位に終わりましたが、自分の持っていた力を十分に発揮できないで競技が終了。でも、素晴らしい経験でした。
―その経験が2013年のモスクワ世界選手権4位(8446点)につながりました。
マイヤー それも少しはあると思いますが、なにしろ十種競技は全10種目のバランスを必要とするものです。ですから、混成競技の上達には時間がかかります。
―2015年の北京世界選手権は故障で欠場となりました。イートンが9045点の世界記録を樹立して優勝しましたが、その瞬間は現地で目撃したのですか? それともテレビ観戦していたのですか?
マイヤー イートンの動きをテレビの前でじっくり研究しました。すごい選手だと思いました。


ロンドン世界選手権では
勝つことが第一

―あなたにとってロンドン世界選手権での優勝が今季の最大の目標だと思いますが、ライバルは?
マイヤー たくさんいますよ。イートンが引退した現在、チャンスとばかりに優勝を狙って来るのはダミアン・ワーナー(カナダ/リオ五輪3位)かな。ドイツにも同じような考えでチャンスをうかがう選手が5〜6人いるでしょう。しっかり調整しなければ勝ち目はありませんよ。
―すでに国内記録はすべて破り、当面は世界選手権獲得か世界記録への挑戦がテーマですね。どちらが先ですか?
マイヤー (笑いながら)どちらも大切でが、フランス人は十種競技でまだ世界選手権獲得の実績がないので、今夏のロンドンでは勝つことに全力を傾けたい。優勝すれば、それ相応の記録はついて来るはずです。ただ、欧州記録(9026点/R.シェブルレ=チェコ、01年)、世界記録(9045点、A.イートン=米国、15年)とも9000点を超えており、簡単なことではありません。
――世界記録を超えるには、どの種目を特に伸ばさなければならないでしょうか?
マイヤー 僕の場合、以前は投てき、跳躍が秀でていて、スプリントが弱点のような印象を与えていましたが、最近はスプリント力も徐々にアップしてきて、統計的なデータでは「非常にバランスがある」と聞いています。
――苦手な種目は?
マイヤー もちろん、1500mです。この種目の練習はほとんどやりません。練習して記録を伸ばしても、大した記録の伸びが期待できないし、得点もそれほど伸びません。1500mの練習に時間を割けば他の種目に弊害が出ます。
――この3月の欧州室内選手権(七種競技)では、イートンの持つ世界記録(6645点)に次ぐ歴代2位の6479点を獲得して優勝。屋外シーズンに向けての感触はどうですか?
マイヤー 世界選手権制覇に全力を尽くします。リオ五輪前、フランス混成競技の「サ
ポートチーム」が結成されました。これは2人のコーチ、基礎体力コーチ、フィジカルセラピスト、月に1度お世話になる理学療法士のほかに、弁護士、報道担当者らで構成する専門家集団です。大切なのは、身体をケアして疲労を残さず、常にベスト状態を維持して練習に専念できること。故障を回避し、しっかりと練習を継続することもできます。また、外部からの接触を遮断し、練習に集中することも重要です。
―これから訪れるレユニオン島での合宿(4月中旬から2週間の予定)の目的はなんですか?
マイヤー レユニオン島(インド洋のマダガスカル沖に浮かぶフランス海外県の小さな島)は気候、施設に恵まれ、練習に集中できる環境。短期間ながら非常に効果的なトレーニングを積むことができます。今回も十種競技のバスティアン・オジール(リオ五輪および北京世界選手権でいずれも13位。自己ベスト8191点)、女子七種競技のアントワネット・ナナ・ジムー(ロンドン五輪6位、リオ五輪11位。自己ベスト6576点)らと一緒です。
―混成競技の今季初戦はどこになりますか?
マイヤー 世界選手権前は、今のところ十種競技の試合に出る予定はありません。その方がトレーニングが散漫にならず、世界選手権に向けて集中できると思っています。

 7月1日に開催されるダイヤモンドリーグ・パリ大会の主催者は、今年の大会に男子混成競技の有力5選手を集め、110mハードル、走幅跳、やり投の3種目で得点を競う「トライアスロン」を実施することを4月下旬に発表した。もちろんマイヤーの存在があっての特別企画だろうが、母国・フランスにおける彼の注目度の高さがうかがわれる。



「ケヴィンの特長は、力を出し切る能力の高さ」
アルバート・バルサン・コーチ


「ケヴィンと最初に会ったのは彼が17歳だった時。鋭い視線が印象的でした。練習に参加し始めた頃は、細い身体でパワー、スピード、耐久力は並の選手。ただし、集中力、身体の使い方が巧みで、技術の習得が並外れて器用。反復回数が少なくても動きをマスターできる能力を持っていました。また、体力の消耗を最小限にとどめてマックスの結果を生み出せるアスリート。8年間の努力で数々の選手権を獲得し、驚くべき成長を遂げてきましたが、リオ五輪で銀メダルを獲得することまで誰が予測したでしょうか。
 陸上競技のスタティスシャン(統計分析者)が研究したデカスリート史上ベスト30人≠フデータでは、単独競技中も含む10種目ベスト総合得点に対する十種競技ベストの達成率の平均値は94.52%です。イートンの場合、10種目ベスト総合9543点に対する十種競技ベスト9048点の達成率は94.78%で、平均的な数値。ただしケヴィンの場合は、10種目ベスト総合9009点に対する十種競技ベスト8834点の達成率が97.99%という高さ。つまり、ケヴィンはそれだけ2日間におよぶ過酷な十種競技の中で持てる力を最大限に出し切れるわけで、混成競技者としての素質が非常に優れていることは明白です。
 また、ケヴィンのメンタルタフネス、メンタルキャパシティも特筆され、リオ五輪の結果によってさらにやる気≠ェ高まっています。25歳の若さですから、成長の余地はまだまだあるでしょう」

 
(月刊陸上競技2017年6月号掲載)
● Photos/Jiro Mochizuki (Agence SHOT)

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