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望月次朗のアフリカ紀行
セレモン・バレガ
18歳にして男子5000mDL年間王者
ドーハ世界選手権で優勝、東京五輪につなぐ

世界有数の最貧国の現状

 1月20日に19歳になったばかりのセレモン・バレガ(エチオピア)は、昨年のダイヤモンドリーグ(DL)最終戦の・ブリュッセル大会5000mで同胞のハゴス・ゲブルヒウェト、ユミフ・ケジェルチャらと優勝を争い、世界歴代4位・U20世界新記録の12分43秒02の好記録で激戦を制覇。2018年は最終戦の勝者が「年間チャンピオン」となるシステムだったため、バレガがその称号を手にした。タイムは母国の偉大な先輩、ケネニサ・ベケレが保持する12分37秒35の世界記録にあと5秒67と肉薄するものだった。バレガは「自己記録更新ができればと思っていたが、僕のアイドルのベケレの世界記録に一歩近づけたのは大きな自信になる。世界記録挑戦は不可能ではない」と断言。近い将来、ベケレの不滅の世界記録挑戦をほのめかした。ちなみに、2位の2016年リオ五輪5000m銅メダリストのゲブルヒウェトは歴代5位の12分45秒82、3位のケジェルチャも歴代7位の12分46秒79だった。
 男子5000mは2017年ロンドン世界選手権でムクター・エドリス(エチオピア、25歳)が、地元・英国の英雄モハメド・ファラー(イギリス)を破って優勝したのをはじめ、バレガ、ケジェルチャ(21歳)、アバディ・ハディス(21歳)、ゲタネ・モラ(25歳)ら若い世代の台頭が著しく、競争も激化してきた。昨年の世界ランキングにおいて、エチオピアン・ランナーはトップのバレガから5位までを独占。10位以内に7人が入る盛況だ。
  バレガは1980年モスクワ五輪2冠のミルツ・イフターから数えて、皇帝<nイレ・ゲブルセラシェ、ベケレに続くエチオピア4代目のトラック・スーパースターの素質の持ち主か。それとも単に早熟ランナーで終わるだろうか。ロードの10kmで26分41秒の世界最高を樹立したヤコブ・キプリモ(ウガンダ、18歳)、欧州選手権1500m・5000m2冠の17歳ヤコブと、ヘンリック、フィリップのノルウェーインゲブリグトセン3兄弟=A昨年末に10kmで欧州新(27分25秒)をマークしたジュリアン・ワンダーズ(スイス)らの活躍で、再び長距離トラックの激戦を期待したい。


長距離ランナー不毛の
土地出身ランナー

 セレモン・バレガの朝練習の場所は、エチオピアの首都・アディスアベバ市内の西部にあるエチオピア陸軍コルフィエ・フェトノ・デワシュ基地内の荒れた古いトラックだった。半世紀前、故ネルソン・マンデラがこの基地内でゲリラ活動訓練をエチオピア陸軍に指導を受けたと言われる場所だと、バレガの友達が教えてくれた。練習後、同郷の英語を話す友達を通してバレガの話を聞くことができた。

—まず、陸上競技を始めたのはいつ頃ですか?
バレガ 
学校で走り始めたことがきっかけです。僕の故郷は、エチオピア国内で数少ない陸上競技不毛の土地柄です。僕が走る練習をしているのを見て、変わっている子だと思われていました。でも、最近では僕の影響で子供たちが走る競技に興味を持ち出しました。僕の弟のミキアス(16歳)もグングン伸びてきました(注:エチオピアは多民族国家のため、1995年から民族ごとに構成される9つの州と2つの自治区からなる連邦制をとっている。
行政区分は、Kebele「小さな村とその周辺」、Wereda「小さな町とその周辺の村」、Zone「Weredaの集合体」、Regions は「Zoneの集合体」で構成の州でエチオピア連邦国となっている)
—エチオピア国内に陸上競技不毛の地があると聞いたのは初めて。出身地はどこですか。
バレガ 
アディスアベバから西南に210kmほど離れた小さなゲタ村の出身です(注:正確には南部諸民族州のグラジZoneのゲタWereda出身となる)。「インジャラ」(テフで作った薄いパンのようなエチオピアの主食)を知っていると思いますが、僕の田舎は「インジャラ」ではなく「キトフォ」(エンセーテ/生、もしくは軽く焼いた牛肉をミンチにして香辛料をまぶしたマリネ)を主食にしています。インジャラを食べたのはアディスに出てきた時が最初です。
—インジャラを食べない地方が国内にたくさんあるの?
バレガ 
ありますよ(笑)。特に南部です。たぶん、ベライン・デンシモ(1988年4月のロッテルダム・マラソンで2時間6分50秒の当時世界最高記録を樹立)、ムクター・エドリス(2017年ロンドン世界選手権男子5000m金メダル)も南部ですから、キトフォが主食です。

ベケレに憧れて走り始め、16歳でU20世界王者に君臨

—陸上競技を始めた動機はケネニサ・ベケレに憧れて、だとか。
バレガ 
僕は子供の頃、サッカーに夢中だったけど、才能がなかったのでやめました。当時は、ベケレが2008年北京五輪で5000m、10000mで2冠を獲得した全盛の時。ベケレは無敗で、無類の強さを発揮していました。我々の世代の憧れの人です。我々の世代の多くは、偉大なハイレやベケレの強烈なイメージが自然と植えつけられています。ハイレらがイフターに夢を抱いたように、我々の世代はベケレの活躍に夢を抱き、大きな目標にしています。
—ベケレのどんなところが印象に残っていますか。
バレガ 
ハイレやベケレの子供時代と、育った環境が似ていました。学校まで距離があったので走ったり、早く歩いたりして1時間ぐらいかかりました。ハイレもすごかったですが、ベケレの全盛期はトラック、クロカンで不敗の強さを誇ったでしょう? 史上最強のトラック、クロカン、マラソンのオールラウンド・ランナーだと思います。
—2016年、ポーランドのビドゴシチ市で開催されたU20世界選手権の5000mに16歳で出場し、13分21秒21で優勝しています。優勝のインパクトはありましたか?
バレガ 
お陰でやっと、両親に陸上競技をする許可を得ることができました。ウチの両親は「スポーツなんてやっていないで勉強をしろ!」と口やかましかったので、それまで両親には内緒でやっていました。国内では長距離、クロカンはどこでも盛んですが、僕の田舎は走ることにまったく興味のない土地です。僕がU20世界選手権に優勝してから、少しはメディアに露出したことで、子供たちが走ることに興味を持ち出し、「走ることをやってみよう」と、興味を持つきっかけになりました。
—2017年は3月の世界クロカンU20(8Km)で5位。その後、アフリカU20選手権5000mで13分51秒43で優勝。7月上旬のDLローザンヌ5000mでエドリスに続いて2位(12分55秒58 /同年の世界ランク2位)。7月中旬に、ケニア・ナイロビで開催されたU18世界選手権3000mに7分47秒16で優勝。8月はロンドン世界選手権5000mに出場。初めてにシニア世界大会にもかかわらず、予選(2組)をトップで通過。決勝では5位に食い込んだ。大きく飛躍した年でしたが、印象に残ったレースは?
バレガ 
エドリスに引っ張られて、ローザンヌで自己新記録をマーク。ロンドン世界選手権代表選手に選ばれてとてもうれしかったです。夢が1つかないました。
—世界選手権の決勝を振り返ると?
バレガ 
実力、経験不足を痛感したレースです。決勝に残って5位に入ったので、なんとか役目を果たせました。


夏の悔しさ糧に、DLブリュッセルで快走

—昨年は英国・バーミンガムでの世界室内選手権3000mに出場。ケジェルチャと争って8分15秒59で2位でした。
バレガ 
ケジェルチャのスピードが勝っていましたね。彼とは仲が良く、試合会場で会えば部屋、行動、食事などはほとんど一緒です。彼は米国のナイキ・オレゴン・プロジェクトに参加してがんばっています。お互いにライバル同士ですが、五輪や世界選手権の5000m、10000mなどで、エチオピアのためにメダルを獲得することが我々の使命です。
—2018年は、フィンランド・タンペレで開催されたU20世界選手権5000mで最後の200mのスプリント勝負に負けて、まさかの4位でした。
バレガ 
タクティカルなスローペースになって失敗しました。プレッシャーもあったし、暑さが気になり過ぎて、失敗レース。悔しい思いをしました。
—2019年のドーハ世界選手権、2020年の東京五輪も暑い場所。高温多湿の中でのレースは苦手ですか?
バレガ 
苦手ですが……、条件はみんな同じ。ベストを尽くすだけです。
—2018年のDL最終戦・ブリュッセル大会の5000mで世界歴代4位の12分43秒02を
マークしました。これはU20世界選手権の鬱うっぷん憤晴らしだったのですか。それとも、レース前からエチオピア選手同士が言い合わせて記録に挑戦したのですか。
バレガ 
U20世界選手権、アフリカ選手権などで失敗した悔しさ、名誉の奪回でした。DL最終戦の夜は、出場したエチオピア選手全員がシーズン最後の5000mだったので、初めから記録狙いで突っ込んだレースも幸いしました。結果は周りの人も驚いたし、僕自身も。優勝する自信がありましたが、12分55秒58の自己新記録を更新できればいいと思って走ったので、世界歴代4位・U20世界新の12分43秒02は、まさかの記録。5000mのDL年間優勝というタイトルは大きな自信になります。


記録よりも金メダル≠目指して

—ベケレの世界記録(12分37秒35)にかなり近づいてきました。今年は5000mの世界記録に挑戦しますか?
バレガ 
2019年はドーハ世界選手権でのメダル獲得が最も大きな目標ですから、世界記録への挑戦はないと思います。でも、近い将来必ず挑戦したいと思います。
—エチオピアはケニアと比較すると、トラックでは群を抜いて層が厚いです。すごいメンバーがいますが、どう思っていますか。
バレガ 
エチオピアはトラック長距離から入って、ロードレース転向が伝統的なプロセスです。5000mの世界ランキング・トップ10のうちエチオピア・ランナーが半分以上を占めています。また、世界的にトラックの長距離種目は世代交代の時期に入っています。エチオピア、ケニア、ノルウェーらに若い選手がたくさんいます。
—5000mが得意種目ですが、10000mへの興味は?
バレガ 
いずれは走りますが、まだ未定です。状況によっては今年から走るかもしれません。
—ドーハ世界選手権でのライバルは?
バレガ 
う〜ん、ドーハ世界選手権の前に国内トライアルがあるので、誰が代表選手になるか予測がとても難しい! ワールドチャレンジ・ヘンゲロ(オランダ、6月9日)で男女長距離種目のトライアルが行われると思いますが、3位以内に入らなければ代表選手に選考されません。まずはムクター、ハゴス、ヨミフらと争ってトップ3になることが目標です。
—世界選手権の先には2020年の東京五輪が控えています。五輪への抱負は。
バレガ 
東京五輪で優勝するためにも、まず、ドーハ世界選手権で優勝。自信をつけて、東京五輪につなげることが理想です。
東京五輪は誰にとっても特別な大会と位置づけられているでしょう。心身ともにすべてを懸けて、最善の準備を尽くしてくるでしょうから簡単なことではありません。僕も東京五輪が終わるまで、ガールフレンド≠持つことを封印。陸上競技に100%打ち込みたいと考えています。

 
(月刊陸上競技2019年3月号掲載)
●Text & Photos / Jiro Mochizuki(Agence SHOT)

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