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戸邉 直人
つくばツインピークス
IAAF世界室内ツアーで2m35の大ジャンプ!!

3年ぶり日本新、大会新&今季世界最高で優勝の快挙

 今年4年目を迎えた国際陸連(IAAF)ワールド室内ツアーの第2戦カールスルーエ大会(ドイツ/2月2日)の試合前、フィールド内で戸邉直人(つくばツインピークス)に声をかけた。「調子はいいですよ! 冬季練習から故障もなく順調に練習を継続することができた分、精神的にも調子が良いですね」とリラックスした明るい声が返ってきた。その約2時間後、戸邉は13年ぶりの日本新記録を樹立し、その言葉を見事に証明してみせた。




強豪たちを寄せ付けぬ圧巻のジャンプ

「IAAFワールド室内ツアー」第2戦カールスルーエ大会の男子走高跳出場選手は、戸邉を含む7名。昨年夏のジャカルタ・アジア大会金メダルの王宇(中国、室内ベスト2m31)、2007年大阪世界選手権優勝のドナルド・トーマス(バハマ/同2m33)、屋外で2m40の自己記録を持つアンドレイ・プロツェンコ(ウクライナ/同2m36)、2016年世界室内選手権覇者で、同年7月に2m41挑戦で左足首の靱帯を部分断裂する大ケガから復活したジャンマルコ・タンべリ(イタリア/同2m38)、昨年の欧州選手権優勝のマティアズ・プジビルコ(ドイツ/同2m30)、トレイ・カルヴァー(米国/同2m33)と、いずれ劣らぬ強豪ぞろいだ。
 戸邉は2m18からスタート。2m22、2m26、2m29をすべて1回でクリア。この時点で2006年に醍醐直幸(東京陸協)が作った室内日本記録(2m28)を13年ぶりに1cm更新、王宇と並んでトップに立った。トーマス、プロツェンコ、タンべリは2m29をパス。5人が1994年にトロイ・ケンプ(バハマ)が作った大会記録の2m31に挑戦したが、戸邉が1回目で成功。王宇も一発クリアで続いたが、他の3選手はいずれも失敗。アジア勢2人の優勝争いになった。
 次の高さは今季室内世界最高となる2m33。富士通所属となった醍醐が、同じ2016年6月の日本選手権で樹立した日本記録に並ぶ高さでもあるが、戸邉は2回目にあっさりとクリア。王宇は2度失敗した後、3回目をパスして、2m35での逆転の道を選択した。
 特設室内競技場は満員。男子走高跳が19時26分スタート。1時間半後、すでに大半の競技が終了。バーが2m35に上がり、すでに大会新記録、今季世界最高記録を樹立した2人のアジア人ジャンパーに観衆の視線は釘付けになった。
 勝敗は最初の試技で決まった。王宇がクリアできず、戸邉の優勝が決定。その後は戸邉の一挙一動が注目されるプレッシャーの中、戸邉は気後れも見せず、淡々と平常心でピットに立つ。そして、3回目の跳躍で見事に征服。マットの上で両手を広げて喜び、フィールド内をぐるりと回転しながら歓喜の頂点に達した。


 1998年以降、公認要件を満たしていれば、屋内外を問わず世界記録として認められ、日本記録も同様の扱い。醍醐の記録を2cm上回った戸邉は、ついに「日本記録保持者」の称号を手にした。加えて言えば、室内世界歴代では38位タイと、50傑以内にランクインした。
 バーは2m37に上がった。「逃げた魚は大きい」と言われるが、戸邉の2回目、3回目の跳躍は身体が落ちる過程でわずかにバーがかすって落とした非常に惜しい跳躍。それだけに、観衆の無念さが込められたため息が室内に響き続けた。しかし、今後につながる、そして大きな希望≠感じさせるジャンプだった。
 昨年のIAAFダイヤモンド・リーグ(DL)でファイナルに進出しているが、記録の上でも世界のトップジャンパーの仲間入りをしたと言っていい戸邉に、出場者たちが次々と走り寄ってハグして祝福。タンベリは戸邉を横抱きにして持ち上げ、マットにダイビングする手荒い祝福だった。この夜のフランス人大会ディレクター、アラン・ブロンディールも歩み寄り、戸邉の快挙を称えた。
 戸邉は試合終了後、地元のテレビや記者に質問攻めになっていた。この夜の室内競技取材は、IAAFのHPに飾る撮影の仕事を任された。競技終了直後、「戸邉の写真をすぐ送れ!」と指示が入った。戸邉の活躍がトップ記事に掲載されたのは言うまでもない。
そんな戸邉にこの日のジャンプ、冬季の取り組みなどを聞いた。

「2m35は想像を超えた結果だった」

—大会新、今季世界最高記録に加えて13年ぶりの日本新記録で優勝。優勝でIAAF室内シリーズのポイントも10点を獲得しました。今季初戦にもかかわらず、一挙に世界トップジャンパー入りする結果を残しましたね。
戸邉 まったくの想像外で実感がありませんが……、室内、屋外ともこのレベルを継続したいですね。
—この大会に出場した目的は?
戸邉 昨年のシーズンを終えてから考えていたことですが、冬季練習を故障もなく非常に順調に消化してきたので、その成果がどの程度のものなのか、冬季練習の現状を確認するのが目的です。2019年の屋外シーズンに向けての技術的な精度を高めるための方向性、トレーニングが順調に行われているのか、結果として現れているかを感じたいということです。ですから、まさかここまで跳べるとは思ってもいなかったです。
—戸邉選手が3位タイだったジャカルタ・アジア大会で優勝した王宇選手に、今回は圧勝しました。
戸邉 結果としては、想像を超えたいい出来です。このようなジャンプを継続することが理想ですね。今日は2m26、2m29の試技でちょっとテクニックが乱れかかったので、ギリギリでなんとか越えた感じでした。2m31をクリアした時点で、今回のホテルで相部屋だった王宇選手をライバルとして意識するようになり、勝負がかかってきたので、この時点でもう1度メンタルの部分でシャキッと、勝利を目指してしっかり集中していけたのは良かったと思います。彼とはよく試合をして、昨年の対戦成績では1勝2敗と負け越しています。5月のゴールデングランプリ大阪で勝ちましたが、DLモナコとアジア大会で負けています。それ以前からも勝ったり負けたりしてきた、良きライバル的な選手です。なので、僕の中では「(アジア大会の)リベンジ成功」というよりは、「今回は勝った」という感覚が強いです。これからも、彼とはアジアや世界規模の試合で戦っていくことになると思いますので、競いながら、お互い高めていけたらうれしいなと思っています。
—この冬季練習を迎える段階で、長年かけて取り組んできた筋力的なベースアップを継続しつつ、昨年で固まりつつあった技術の精度を高めることを目指すと言っていました。今回の2m35成功は、その成果ですか。
戸邉 そうでしょうね。これといった練習の成果や、技術の精度が高まったという確信はなかなか具体的に説明することはできませんが、これまで積み上げてきた総合的なものの上にさらに積み上がったからこそ、これまで跳ぶことができなかった「記録」が生まれたのだと思います。昨年も2m35は視野に入っていましたが、狙った試合でうまく跳べず、自己記録は1cm更新できましたが2m32どまり≠ナした。ですから、ある程度の技術的な不安定さも解消されたのではないかと考えています。
—今回の助走は6歩でしたが、どこか問題はありましたか。
戸邉 助走に関しては、昨年は9歩助走にしようとしていたのですが、日本の試合では無理なくできるけど、欧州でやると競技場のスペースが限られてくるので、会場によって9歩助走と6歩助走を使い分けてやっていました。ただ、1つ自信を持って言えることは、筋力的なベースアップかもしれませんが、昨年から故障をしていないことで、「蓄積」ができるようになったこと。これは大きな進歩だと思います。
—昨年からの変化はありますか?
戸邉 昨シーズンを終えて、メンタルの部分で問題があった思いました。どういう問題かと言うと、結果、記録への執着心がそれほど強くなく、「とりあえず出場する」ような気持ちだったな、と。でも今は、1回目のジャンプで成功することも大事ですが、3回失敗しなければ競技を続行できると考えると、リラックスできてチャンスがもっと広がるように感じます。そうすることによって各ジャンプを冷静に分析することができ、バーの落とし方が背中なのか、肩なのか、それとも全然ダメだったのか、次のジャンプに余裕を持って調整、対処できるようになりました。2m37の最初のジャンプは突っ込み過ぎましたが、2回目,3回目は冷静に分析、調整ができて良い跳躍だったと思います。
 この戦い方は、昨年のDLファイナルのブリュッセルで経験したことからヒントを得ています。2m26を僕が1回でクリアした時点で、トップに立っていましたが、次にバーが2m29に上がると、トップ選手が突然ギアチェンジ。たちまち5人が1回で越えていった衝撃が忘れられません。試合の進め方、大事な局面でのエネルギーの使い方など、見習うことはまだたくさんあります。

長年かけて積み上げたもの
—先ほど、昨年からの進歩に「蓄積」を挙げていました。確かに故障をすると肉体だけでなく、メンタルにも大きく影響を及ぼします。
戸邉 例えば、2014年シーズンは非常に調子は良く、結果としては2m31を筆頭に初めての2m30台を4回記録できました。でも、2015年からの3年間はとにかく故障が多かったので、練習をまともに消化できず、最悪の状態でした。その頃、世界のレベルはムタズ・エッサ・バルシム(カタール)、ボーダン・ボンダレンコ(ウクライナ)、イワン・ウホフ(ロシア)、デレク・ドルーイン(カナダ)らが2m40を超えるレベルで競り合っていたので、僕も2m30を跳んでいますが、DLの順位は7位,8位ぐらいでした。これではいいところに上がってこれないと思い、猛練習を始めましたが、自分のキャパシティを完全にオーバーしていましたね。回復、猛練習、故障の悪いサイクルを続けて自滅の繰り返し。練習を継続できず、積み上げができませんでした。やっと、昨年から練習量を落として「質」を上げる方向性に目覚め、故障から脱却しました。
—ジュニア時代から数年の年月をかけて練習を積み重ねることで、ようやく素質は開花するものではないでしょうか。
戸邉 そうだろうと思います。それ相応な準備期間が絶対に必要で、その時間と、それにふさわしい努力は欠かせないと思います。僕は今年、27歳になります。2020年の東京五輪は、年齢的に最もいい時期なので、このチャンスをうまく生かしたいですね。
—室内、屋外の欧州転戦中はエストニアのタリンが練習拠点になるわけですが、そこでのトレーニングはどうしているのですか?
戸邉 日常的な専任コーチはいませんが、練習仲間やエージェントらと技術的な議論をしたり、動画を撮ってもらったり、それなりのアドバイスを受けることができます。空港まで車で10分のところに練習場所があり、そこから徒歩で5分の場所のホテル住まいは、僕の性に合っています。

2020年への布石となる1年
—今回の結果から、大きな目標を現実的なものに捉えられるようになるのでは?
戸邉 自分で言うのもおかしいのですが、当の本人が世界のトップジャンパーと競い合ってきた経験から、今季世界最高記録はすごいことだと思っています。東京五輪でメダル争い、優勝争いに絡むことは、昨年までの実力であれば非常に厳しかったと思います。でも、本番までにもう少し上の記録、2m37、2m38,2m40へと自己ベストを上げていくことができれば、チャンスがあると思います。今回の記録は室内歴代38位ですか? いいかたちになってきたと思いますね。
—今後のスケジュールは?
戸邉 2月9日のスロバキアでの走高跳競技会を経て、2月16日のバーミンガム(英国)、2月20日のデュッセルドルフ(ドイツ)とIAAFワールド室内ツアーを回ります。
—2019年のターゲットは?
戸邉 今季は4月のドーハ・アジア選手権から9月末のドーハ世界選手権、その間にダイヤモンド・リーグへの出場などもあり、シーズンが通常より非常に長くなるので、練習、大会に向けての調整など、これまでにない難しいシーズンを迎えます。そういった流れの中で残す記録、順位などの結果そのものが、必然的に、東京五輪でメダル争いに加わるという大きな目標を達成するための重要なプロセスになると考えています。どの試合も慎重に臨み、しっかりと結果を追求することに重点を置き、勝負への貪欲なメンタルの準備、強化する試練のシーズンと考えています。

 
(月刊陸上競技2019年3月号掲載)
●Text & Photos / Jiro Mochizuki(Agence SHOT)

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