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キプチョゲ貫禄の圧勝
史上初「2時間4分切り3人」の高速レースで圧倒的存在感を示す


難コース、寒さも吹き飛ばす高速レース
寒風を切ってエリウド・キプチョゲ(ケニア)は、スタートからゴールまで、レースを自分の思うままに完璧にコントロール。2016年、自身が樹立したコース記録(2時間3分05秒)を塗り替え、同じく昨年9月のベルリンで打ち立てた世界記録(2時間1分39秒)に次ぐ、パフォーマンス歴代2位の2時間2分37秒で圧勝。
肌寒い気象 条件、コーナーの多いコースを考慮に入れると、人類初の2時間の壁に限りなく近づく可能性を見せたと言えよう。近代マラソンでこれほど完璧なマラソンレースを遂行、このレベルのマラソンで10連勝(11勝目)した例を知らない。


 また、キプチョゲの活躍、存在そのものが世界のマラソン界の若手ランナーに強烈なインパクトを与える。キプチョゲに引っ張られるように、このレースでは2人が2時間2分台、1人が2時間3分台をマークした。同一レースで3人が2時間4分を切り、2人が2時間3分を切ったのはいずれも史上初だ。男子マラソンを別次元に押し上げたキプチョゲは、「史上最強マラソンランナー」の称号を得るにふさわしい。
レースは、3名のペースメーカーがスタートからハイペースで引っ張った。最初の1kmは2分51秒で入り、5km通過は14分23秒だ。キプチョゲはぺーサーの背後で走り、英国の英雄モハメド・ファラーはトップ集団の10名前後のしんがりにポジションを取った。10km通過は29分01秒。ペースはほぼ1km 2 分53秒前後だ。10kmを過ぎるとわずかにペースダウンしたが、2分54〜57秒をキープ。 ハーフを9人が1時間1分37秒で通過した。
ペーサーに変わってトップに立ったキプチョゲは、背後を振り返ってモシネット・ゲレメウ(28歳、自己ベスト2 時間4分00秒)、ミュレ・ワシフン(26歳、同2時間4分37秒)、トラ・シュラ(22歳、2時間4分49秒)らの若手エチオピア勢らに手を振り「もっとついて来い!」と言わんばかりに指示を出した。
レース後、キプチョゲに聞くと、「1人で走るより、大勢で競り合うほうがおもしろいからだよ」と白い歯を見せた。エチオピア 勢もキプチョゲの意欲的な行動に、長年続く東アフリカのライバル意識に火がついたのだろう。前を走るキプチョゲにしっかり食らいついた。
キプチョゲがペースを作り、25〜26km間の1kmを2分48秒、次の1kmはこの日最速の2分45秒を刻む。ゲレメウ、シュラ、ワシフンらが必死に背後につき、ファラーはここでトップ集団から30m以上後退した。必死に前の集団を追う。
トップ集団は4人となり、30kmを1時間27分04秒で通過。32kmを通過すると、キプチョゲは再び1km 2分56秒前後のペースに戻した。それをゲレメウ、シュラ、ワシ フンが追う。37kmを過ぎてキタタが徐々に後退したが、キプチョゲの背後にはゲレメウ、ワシフンらがピタリと追従。
テムズ川沿いにビッグベン(ウエストミンスター宮殿の大時計台)めがけて起伏あるコースに出てくる。ワシフンが39km付近で後退。キプチョゲとゲレメウの一騎打ちになった。
しかし、2人の対戦も長くは続かない。キプチョゲが終盤になってもまったく衰えを見せないどころか、40km付近の給水直後から、たたみ込むようにスパート。ゲルメウは給水失敗が大きく響き、ここで勝負は完全についた。
キプチョゲは、観衆に笑顔を見せる余裕を見せながらゴールへ。後半のハーフを1時間1分00秒のネガティブスプリットでカバーし、その強さを見せ付けた。



東京五輪とメジャーズ完全制覇を
キプチョゲはレース翌日、「東京五輪で連覇をすることが大きな目標。そして、ワールド・マラソン・メジャーズ6大会完全優勝を目指す」と語った。すでにベルリン、ロンドン、シカゴは優勝経験があるので、 「残された東京、ボストン、ニューヨークシティをいずれ走って完全制覇を成し遂げたら、輝かしいマラソン・キャリアに終止符を打ちたい」と初めて引退を口にした。
キプチョゲの背後で大健闘したゲレメウもコース新記録、史上3人目の2時間2分台突入(2時間2分55秒=世界歴代2位) を果たした。ゲレメウは「最後の給水が取れなかったのは大きな失敗だったが、キプチョゲは予想以上に強かった! 彼と走った経験は大きい」と完敗を認めた。3位のワシフンも自己記録を大幅に更新する世界歴代7位の2時間3分16秒だった。「キプチョゲは強過ぎた! 現在、世界中を探しても彼を破れる選手は見当たらない」と称えた。2時間5分39秒で5位に終わったファラーは、「最初に差が開いた時に何とか詰めようとしたが、キプチョゲのスピードについて行けなかった。やり直して、再挑戦したい」と潔く完敗を認めた。
余談だが、レース前のメディアは、エチオピアで長期合宿を終えて帰国したファラーの「土産話」で持ちきりだった。ファラーは3月末、元エチオピア陸連会長のハイレ・ゲブルセラシェ氏が経営する、首都アディスアベバ市内から車で北へ30分ほどの距離にあるスルタ村の「ヤヤ・アフリカ・ヴィレッジ」で合宿をしていた。ある日、朝練からホテルに戻ると、現金3000ドル、携帯電話2台、時計1個の盗難にあった話を記者会見で披露したため、メディアが一斉に飛びついた。ファラーは「友人のハイレが何もしてくれなかった!」となじり、「あのホテルには泥棒がいる! 二度とあのホテルで合宿はできない!」などと吐き捨てた。「この出来事が原因ではない」と本人は否定したが、 レース結果はファラーにとって不本意なものだった。

コスゲイ圧巻のスパート
後半ハーフを1時間6分42秒で走破

女子は最初の1kmを3分27秒のスローペースで入った。ブリジッド・コスゲイ(エチオピア、25歳)は、「寒くて風も強ったので、前半は身体がまったく動かなかったこともあるがチャンピオン≠自負するトップ選手がそろったので、誰が仕掛けるか、誰が前に出るか牽制しあって、積極的にペースアップを試みようとする人がいなかった。メアリー・ケイタニー(ケニア、37歳/自己ベスト2時間17分01秒=世界歴代2位) は、ロンドンで3回優勝経験がある。トラックからマラソン転向3レース目で昨年優勝したヴィヴィアン・チェルイヨット(ケニア、35歳/自己ベスト2時間18分31秒)、ベルリンで3回もの優勝経験があるグラディス・チェロノ(ケニア、35歳/自己ベスト2時間18分11秒)をはじめ、若手のエチオピア勢もいたので、誰もが負けたくなかった。
私も昨年、ヴィヴィアンにしてやられて2位に甘んじたので、慎重な走りしかできなかったのも事実です。だから前半のハーフが1時間11分38秒のスローペースだったんです」と振り返る。するとコスゲイは「ハーフを過ぎた頃から身体も温まって身体が動くようになった」ことで、逆に遅いペースに我慢ができなくなってきたという。そこで、「私が前に出ればヴィヴィアンらもついてくるだろう」と想定してペースアップ。ところが「身体が良く反応したので、とにかくガンガン前に出た」と思わぬ差がついた。「数度後ろを見たが誰もついて来なかった。後半は気持ち良く走ることができました」と、30km過ぎには独走態勢。終盤の34〜35kmでの1kmは3分12秒に落としたが、それ以外は1km3分05〜10秒の高速ラップをキープ。後半は驚くことにまったく給水なし! 後半のハーフは1時間6分42秒という驚異的なネガティブスプリットを記録し、自己記録を15秒短縮する世界歴代7位の2時間18分20秒で圧勝。キャリア10戦で6勝目を飾った。
コスゲイは、「前回は2位で悔しかった。それをバネにしっかり練習。昨年秋のシカゴに2時間18分35秒で優勝した経験が大きな自信になった」と喜んだ。2時間20分14秒で2位のチェルイヨットは、「判断を誤った。コスゲイについて行くべきだったが、気がついた時はすでに手遅れだった」と完敗を認めた。


 
(月刊陸上競技2019年6月号掲載)
●Text & Photos / Jiro Mochizuki(Agence SHOT)

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